時代は令和となりました。

新天皇陛下がご即位され、それにともなう大嘗祭が行われました。会場は東御苑の中に建設された大嘗宮です。

令和元年11月21日から12月8日まで、この大嘗宮が公開されています。私も行ってきました。なにしろ今回を逃したら、次回は私が生きているかどうかもわかりません。

それにしても「次回は」と書いても不謹慎にならなくなったのは、上皇陛下が生前譲位をしてくださったおかげです。

大嘗祭は大嘗宮の建物群のうち、11月14日の夕方から15日の明け方にかけて、天皇陛下が神饌をお供えになってそれを召し上がる「大嘗宮の儀」が中心となっています。その終了後に見学用に整備され直されたものが、今回公開されているのです。

入口は二重橋近くに設置されています。混んでいるように見えますが、この日は小雨模様の天気だったせいか、これでも結構空いていたのです。

 

なにしろ並んで待つためのコーンを並べたスペースがガラガラでしたから。

 

セキュリティチェックもあります。いつも東御苑の入口で皇宮警察に人たちがしていますが、今回は警視庁のお巡りさんたちが大挙して行っていました。最近はやりの「飲み物をお持ちですか?一口飲んでください」が今回もありました。

 

DJポリスも来てました。

 

坂下門から入り、宮殿と宮内庁庁舎の前を通り過ぎます。ここまでは乾通りの通り抜けと同じです。

ここからこの庁舎の前を右に行くのが、大嘗宮一般参観のオリジナルコースなのです。

 

だからいつもだったら見られない風景も見ることができるのです。

 

富士見櫓って、こっち側から見ると破風の下に銅板が張ってあったのか・・・。皇居前広場や東御苑から見るいつもの富士見櫓とは違う建物みたいです。

 

お!この石垣すごいぞ!打ち込みはぎの石垣が、とても状態良く残っています。

 

あれ?打ち込みはぎが途中から切り込みはぎに変わっている・・・。

 

これだけの長さの切り込みはぎの石垣!すごい!凄すぎる!

※打ち込みはぎ・切り込みはぎとは、それぞれ石垣を作る技法のことで、打ち込みはぎは石の平らな面を表面に並べて隙間を小石で埋めて石垣を登りにくくするもの、切り込みはぎとはきれいに切り出した石を隙間なく積み上げるもので、打ち込みはぎの発展形です。しかし切り込みはぎは造るのに手間がかかりすぎるため、江戸城でも城門くらいにしか使われていないことが多く、長い石垣は打ち込みはぎで造られていることが多いのです。

ここからはオリジナルコースを出て、いつでも行ける東御苑に入ります。

 

百人番所や大番所を見ながら進みます。なかなか大嘗宮に着きません。なにしろ、入口から大嘗宮まで900メートルあるらしいのです。

 

やっと遠くに見えてきました。それにしても、すごい人!

近くまで来てみると・・・

 

おわっっっ!人多すぎ!

 

私も前へ前へと進んで、ようやく最前列で写真を撮ってきました。それにしても、途中で肘で押されたり、傘の先でつつかれたり。警察官が大勢警備にあたっているとはいえ、よくけんか騒ぎが起こらなかったものです。

(実を言うと私も一度だけ、私をグイグイ押してきたハゲたおじさんを蹴り飛ばそうかと思いました)

 

正面です。

 

側面です。

この屋根の上に丸太が乗って(鰹木)いて、屋根の橋から斜めに棒が伸びている(千木)建物が、今回の大嘗宮の儀で中心的な役割を担ったのです。

 

右の矢印のある悠紀殿と左の矢印のある主基殿が、それぞれ11月14日の夜と15日未明に天皇陛下が神饌を供えてそれをお召し上がりになった場所なのです。

 

「この葉っぱ、何ですか?」「しきみです。魔除けの意味があるそうです」
警備のお巡りさんが見学者の質問に答えていました。お巡りさんたちも勉強してから来るようです。

 

裏からです。ツワブキの黄色い花がきれいでした。

この大嘗宮、どこにあるのかと言いますと・・・

おなじみ天守台の石垣の前なのです。普段はアスファルト舗装されている場所に、土を敷いて建てられているのです。だから大嘗宮の周りは踏み固められた地面ではないので、歩いているとふわふわします。

大嘗宮の公開は、12月8日までです。

(歩き旅応援舎代表 岡本永義)