当舎は今も休業中です。
緊急事態宣言はいまだ解除されず、解除された後もどうなるか分からない状況が続いています。
とりあえずは持続化給付金をはじめとして公共料金などの納付猶予を申し込みました。再開に至るまで、なんとか歩き旅応援舎を存続させようと、様々な方策をめぐらせています。
そんなわけで「京都まであるく東海道」も休止したまま止まっています。歩きにはいけないけれども、東海道を盛り上げたいという気持ちは変わりません。
歩けばいろいろなものが見えてくる東海道、今回の#東海道思い出の写真のお題は「和歌・俳句」です。
#東海道思い出の写真 、明日からのお題は「和歌・俳句」です。西行も宗祇も松尾芭蕉も、歌碑でも句碑でも、ゆかりの地でも、和歌と俳句にかかわるものの写真なら何でも投稿してください。今夜0時からお願いします。 pic.twitter.com/ZYtyF0xVkn
— 歩き旅応援舎 (@arukitabiouen) May 6, 2020
#東海道思い出の写真 、明日からのお題は「和歌・俳句」です。西行も宗祇も松尾芭蕉も、歌碑でも句碑でも、ゆかりの地でも、和歌と俳句にかかわるものの写真なら何でも投稿してください。投稿開始は今夜の0時です。 https://t.co/ZYtyF0xVkn pic.twitter.com/4T8SFEP3Kt
— 歩き旅応援舎 (@arukitabiouen) May 6, 2020
連休は終わりました。今日から真面目にツイートします。いや、昨日までも真面目にやってました・・・。#東海道思い出の写真 、今日からのお題は「和歌・俳句」です。東海道には歌碑や句碑もたくさんありますし、それにかぎらず和歌と俳句に関わりのあるものの写真なら何でも投稿してください。 pic.twitter.com/KoVy04iOkt
— 歩き旅応援舎 (@arukitabiouen) May 7, 2020
さっそく投稿がありました。箱根西坂の芭蕉句碑です。
#東海道思い出の写真 どうしても見えない富士山。芭蕉と同じく、心の中で見ることにします。 #芭蕉 #句碑 pic.twitter.com/XveEIOvPoe
— Ice (@aruku_tabi) May 6, 2020
それは残念でしたね。私はきれいに富士山が見えたことがあります。「富士山」からの使い回しの写真ですが、こんな感じです。#東海道思い出の写真 https://t.co/xNOtcruzvY pic.twitter.com/8C9tqhszOi
— 歩き旅応援舎 (@arukitabiouen) May 7, 2020
東海道には松尾芭蕉の句碑がたくさんあります。東北の旅人という一般的なイメージは、東海道を歩けば一新されます。
今日からのお題は「和歌・俳句」。「奥の細道」があまりに有名なため、松尾芭蕉は東北地方の旅人というイメージが強いかも知れませんが、東北旅行に行ったのはこの1回だけなのに対して、東海道は7回も歩いています。大津にも長く逗留していて、お墓も大津の東海道沿いです。
#東海道思い出の写真 pic.twitter.com/uMYoLGZOEr— 歩き旅応援舎 (@arukitabiouen) May 7, 2020
芭蕉に限らず、和歌と俳句でも東海道にはたくさんの話題があります。いろいろな方面に話題が波及するところが東海道の魅力です。
大磯にある鴫立庵は日本三大俳諧道場の1つです。また、湘南の地名はここが発祥だといわれています。ここの18世庵主の鈴木芳如は昭和中期の女流俳人で、虎ノ門にある文房具店オカモトヤの創業者でもありました。
#東海道思い出の写真 pic.twitter.com/FgpfvIHdoq— 歩き旅応援舎 (@arukitabiouen) May 7, 2020
和歌の第一人者である証となるものに古今伝授があります。古今和歌集の解釈を受け継ぐもので、有名な人では細川幽斎や柳沢吉保も受けています。これが最初に行われたのが三島でした。郡上の豪族東常縁から連歌師の宗祇に対して行われました。#東海道思い出の写真 pic.twitter.com/WfpM2QW5j5
— 歩き旅応援舎 (@arukitabiouen) May 7, 2020
百人一首はもともとはこんな形の色紙でした。和歌の第一人者といっても東常縁は郡上の豪族、宗祇は素性の知れないということで、都の公家たちから下に見られる存在でした。そこで「藤原定家直伝」という百人一首の色紙を常縁は宗祇に渡して、権威付けを行ったそうです。#東海道思い出の写真 pic.twitter.com/nFrxmdjVTp
— 歩き旅応援舎 (@arukitabiouen) May 7, 2020
宇津ノ谷の慶龍寺にある森川許六の句碑です。「十団子も小粒になりぬ秋の風」と書いてあります。彦根藩士だった許六が江戸勤番を命じられたとき、芭蕉に面会して披露した句です。これを機に弟子入りし、彦根藩邸(現ホテルニューオータニ)に芭蕉を招いて句会も開いています。
#東海道思い出の写真 pic.twitter.com/g50BmRlViP— 歩き旅応援舎 (@arukitabiouen) May 7, 2020
『和歌・俳句』魂の俳人・村越化石の歌碑 #東海道思い出の写真 pic.twitter.com/Fyo4y7msBP
— 駅からマンホール (@EkikaraManhole) May 7, 2020
ちょっと東海道から離れていますが、同じ藤枝市ということで。でもこの写真に化石とくると、この石が何かの化石化と思ってしまいます。#東海道思い出の写真 https://t.co/wnxInyioy6
— 歩き旅応援舎 (@arukitabiouen) May 7, 2020
井伊直弼の歌碑 #東海道思い出の写真 pic.twitter.com/celbj7uQNd
— 駅からマンホール (@EkikaraManhole) May 7, 2020
これはどちらかといえば姫街道が近いですが、大河ドラマの「おんな城主 直虎」に出てきた井伊家発祥の地の伝説のある井戸ですね。ドラマ放送中は大勢の観光客がいました。#東海道思い出の写真 https://t.co/1FUVsdKw58
— 歩き旅応援舎 (@arukitabiouen) May 7, 2020
氷川きよし「大井追っかけ音次郎」歌碑。和歌でも俳句でもないですね。ネタ切れです。 #東海道思い出の写真 pic.twitter.com/TmGxMk9Ilb
— 駅からマンホール (@EkikaraManhole) May 7, 2020
やだねったら、やだね♪
いや、それちがう。#東海道思い出の写真 https://t.co/TwqhfJ3JuF— 歩き旅応援舎 (@arukitabiouen) May 7, 2020
有名な歌枕、逢坂山も東海道にあります。
蝉丸の歌で有名な逢坂の関。#東海道思い出の写真 pic.twitter.com/DQwuPCavpk
— のえる (@max03261) May 7, 2020
逢坂は歌枕ですものね。蝉丸も住んでいた伝説がありますし、小野小町も100歳のころに逢坂山に住んでいたそうです。#東海道思い出の写真 https://t.co/fiHDkNScY9
— 歩き旅応援舎 (@arukitabiouen) May 7, 2020
逢坂山の大津川の麓には小野小町の墓もあります。世界三大美女の1人といっているのは日本だけらしいですが、歌人として超一級であることは間違いないです。#東海道思い出の写真 pic.twitter.com/MSalb79zZl
— 歩き旅応援舎 (@arukitabiouen) May 7, 2020
小野小町の墓はいくつかあるらしいですが、逢坂山にもあるのですね。
— のえる (@max03261) May 7, 2020
来年くらいになると思いますが、ご案内します。小野小町は実在が有力視されていますが伝説の人物で、Wikipediaを見ただけでも16箇所も墓が記載されています。しかも逢坂山のものは含まれていません。ちなみに「東海道名所図会」に出てくる小野小町はこれです。 pic.twitter.com/EUKOg2836u
— 歩き旅応援舎 (@arukitabiouen) May 8, 2020
小田原用水には悲しい話が。
「岡本さんに挑戦!」でツイートしようかと思いましたけれど、こちらでご紹介 💁🏻♀️💁🏻♀️#東海道思い出の写真 「俳句・和歌」https://t.co/tnfqiQzs7U
— うきぴ (@pingpangmako) May 7, 2020
インターネット検索した結果ですので内容に確証はありませんが、木村セイは水難事故でここで子供を失った母親だそうです。#東海道思い出の写真 https://t.co/J5tzLAE7pF
— 歩き旅応援舎 (@arukitabiouen) May 7, 2020
凄い!さすが岡本さん!
でも「旅」にはそんな哀しい意味があったのですね。— うきぴ (@pingpangmako) May 7, 2020
再び芭蕉の話題。
歩けなくても写真を投稿して東海道を盛り上げる #東海道思い出の写真 、現在のお題は「和歌・俳句」です。関わりのある写真の投稿をお待ちしています。
写真は東海道最初の芭蕉句碑。「麦の穂をたよりにつかむ別れかな」。芭蕉最後の旅のとき、川崎宿のはずれで門人たちと別れたときの句です。 pic.twitter.com/UIoReVx8ax
— 歩き旅応援舎 (@arukitabiouen) May 8, 2020
松尾芭蕉の門人には個性的な人物が多く、蕉門十哲の1人である各務支考は、芭蕉からも軽薄とみられていた節のある人物です。自分の死後の評価を知りたくなり死んだふりをして、それがバレて炎上したこともありました。桑名宿にある梅花仏鏡塔は、美濃で死んだ支考の分骨墓です。#東海道思い出の写真 pic.twitter.com/hjpmyAyufn
— 歩き旅応援舎 (@arukitabiouen) May 8, 2020
こんな感じの写真ですね。
(2016年撮影) pic.twitter.com/Dl3sOGeuLB— ドロ仙人 (@dorosennin) May 8, 2020
投稿ありがとうございます。石山駅前の芭蕉像ですね。ハッシュタグをつけていただけるとありがたいです。#東海道思い出の写真 https://t.co/rs6RzVDFLh
— 歩き旅応援舎 (@arukitabiouen) May 8, 2020
川崎宿の松尾芭蕉の句碑#東海道思い出の写真 pic.twitter.com/kOPXASNOde
— のえる (@max03261) May 8, 2020
川崎宿のはずれ、八丁畷駅にあるものですね。ここで弟子たちを別れを告げ、芭蕉は上方に向かいました。この5か月後に大阪で没してしまいます。#東海道思い出の写真 https://t.co/1kPYZkZIKr
— 歩き旅応援舎 (@arukitabiouen) May 8, 2020
戸塚宿 清源院にある
芭蕉句碑と心中句碑#東海道思い出の写真 pic.twitter.com/qX4U50jg5p— さんぽ (@sanposan88) May 8, 2020
芭蕉の句「世の人の見つけぬ花や軒の栗」は奥の細道の旅で須賀川で詠んだものなんですよね。戸塚の俳人の味岡露繍が幕末ころに建てたものです。心中句碑は戸塚宿の飯盛女と若者の心中がこの寺で起こったときのものでした。#東海道思い出の写真 https://t.co/TagkYFqen0
— 歩き旅応援舎 (@arukitabiouen) May 8, 2020
外出自粛で歩きに行けないけど、写真を投稿して東海道をもりあげよう!現在のお題は「和歌・俳句」です。和歌や俳句にかかわりのある写真を投稿してください。私が必ず引用リツイートでコメントいたします。写真は芭蕉の門弟菅沼曲翠の屋敷跡。東海道沿いにあるのに目立たない。#東海道思い出の写真 pic.twitter.com/qCmPJshpo9
— 歩き旅応援舎 (@arukitabiouen) May 9, 2020
菅沼曲翠は膳所藩士で、芭蕉に大津での住居を提供した人物です。ところが大変な激情家で、芭蕉の葬儀の折には大号泣して手が付けられなくなり、他の門弟たちが連れ帰ったそうです。最期は不正を働く上司を許せず斬り殺した上で、自身も切腹してしまいました。#東海道思い出の写真 pic.twitter.com/T9BdtZJe29
— 歩き旅応援舎 (@arukitabiouen) May 9, 2020
大磯の鴫立庵も人気です。そして話題は日本三大俳諧道場へ。
大磯宿
俳諧道場の鴫立沢庵。#東海道思い出の写真 pic.twitter.com/tleKKA4WO0— のえる (@max03261) May 8, 2020
三大俳諧道場の1つですね。あとの2箇所は京都嵯峨野の落柿舎で、主は松尾芭蕉の門人向井去来でした。もうひとつの無名庵は東海道沿いの義仲寺の中にあり、大津における芭蕉の居住地だったところでした。#東海道思い出の写真 https://t.co/5YveBioL5S
— 歩き旅応援舎 (@arukitabiouen) May 8, 2020
落柿舎以外は東海道沿いなんですね。義仲寺も訪れたので、また投稿します。
— のえる (@max03261) May 8, 2020
木曽義仲と松尾芭蕉の墓のある義仲寺。
境内には句碑もたくさんありました。#東海道思い出の写真 pic.twitter.com/fGyC8pzA7n— のえる (@max03261) May 9, 2020
最後の写真の背後に写っている建物が無名庵です。三大俳諧道場のうち、唯一建て直されて新しくなってます。#東海道思い出の写真 https://t.co/kR2TO7yoHN
— 歩き旅応援舎 (@arukitabiouen) May 9, 2020
芭蕉と同時代の俳人、「まことのほかに俳諧なし」の上島鬼貫も登場。
土山宿の上島鬼貫の句碑。
土山名物のお六櫛を題材にしているようです。#東海道思い出の写真 pic.twitter.com/pUUvB0vEOZ— のえる (@max03261) May 9, 2020
土山宿には櫛問屋が多かったようなのですが、お六櫛は木曽の特産品なんですよね。なんで土山を詠った句に出てくるのか、ちょっとした謎です。#東海道思い出の写真 https://t.co/6YedjZtItC
— 歩き旅応援舎 (@arukitabiouen) May 9, 2020
ちょっと脱線気味なものもありますが、今回もたくさんの投稿をいただきました。
鳴海宿を出てすぐのところにある千句塚公園、ここにある千句塚は芭蕉が鳴海宿で連句の会を開いたときのものです。「千句塚」の文字は芭蕉の直筆なのだそうです。#東海道思い出の写真 「和歌・俳句」 pic.twitter.com/LeMlEFE83s
— 歩き旅応援舎 (@arukitabiouen) May 9, 2020
和歌でも俳句でもないけど一応出しとく #東海道思い出の写真 pic.twitter.com/OrnoV3p8Dv
— 駅からマンホール (@EkikaraManhole) May 9, 2020
なぜ突然のめだかの学校責め?!#東海道思い出の写真 https://t.co/hRAw4S1td9
— 歩き旅応援舎 (@arukitabiouen) May 9, 2020
大きくなったらクジラになるのです
— 駅からマンホール (@EkikaraManhole) May 10, 2020
クジラは魚ではありません。両生類です。私は騙されません。
— 歩き旅応援舎 (@arukitabiouen) May 10, 2020
ゲコゲコ pic.twitter.com/4X2xiBe4eK
— 駅からマンホール (@EkikaraManhole) May 10, 2020
またまた乗り遅れてた〜句碑や歌碑ですかぁ。まずは、これ何だったっけ?芦ノ湖までもう少し!のところ。#東海道思い出の写真 pic.twitter.com/FQCHjsQGEF
— きよすみ (@kiyosumioyabimn) May 9, 2020
これは箱根馬子唄です。#東海道思い出の写真 https://t.co/7mupkupO31
— 歩き旅応援舎 (@arukitabiouen) May 9, 2020
早雲寺にある歌碑。関東大震災に関わるものでしたかな。#東海道思い出の写真 pic.twitter.com/a400PC9dNP
— きよすみ (@kiyosumioyabimn) May 9, 2020
辻村伊助たち関東大震災で亡くなった人たちの慰霊碑ですね。「山百合も香焚き稚児のうなじかな」という巌谷小波の歌が刻まれています。巌谷小波も東海道とゆかりの深い人です。#東海道思い出の写真 https://t.co/6tjZoWM9pu
— 歩き旅応援舎 (@arukitabiouen) May 9, 2020
東海道からはかなり離れてますが、私が昨年夏に広重の「東海道五拾三次」について講演をした嵯峨嵐山文華館。だから私にとっては東海道の思い出です。百人一首に関する展示施設で、三島での古今伝授に百人一首の色紙が使われたのもここで知りました。#東海道思い出の写真 pic.twitter.com/GPKfmFdSWD
— 歩き旅応援舎 (@arukitabiouen) May 9, 2020
小夜中山峠では割り箸に取った子育て飴を多くの人が舐めた経験があると思います。その店の前にある西行の碑。年たけて また越ゆべしと思いきや 命なりけり小夜の中山」。西行は晩年になり東大寺に頼まれて大仏再建のための寄付集めの旅に出ます。その旅で詠んだ歌です。#東海道思い出の写真 pic.twitter.com/8MseOmnct3
— 歩き旅応援舎 (@arukitabiouen) May 9, 2020
大磯八景の一 照ヶ崎帰帆
いさり火の 照ヶ崎までつづく見ゆ
いかつり舟や 今帰るらん
敬之#東海道思い出の写真 pic.twitter.com/ZBrelnTbRf— きよすみ (@kiyosumioyabimn) May 9, 2020
この「敬之」は朝倉敬之(よしゆき)といって明治から大正にかけて大磯小学校の校長を務めた人物です。私費を投じて自作の歌を刻んだ大磯八景の碑を建てたそうです。#東海道思い出の写真 https://t.co/4PzynVM4Bv
— 歩き旅応援舎 (@arukitabiouen) May 9, 2020
当日見たときは、一瞬、槇原敬之作なのかと思ってしまいました。。。
— きよすみ (@kiyosumioyabimn) May 9, 2020
そしたら「じゅん散歩」みたいに、別の人の歌に差し替えられていたことでしょう。
— 歩き旅応援舎 (@arukitabiouen) May 9, 2020
猪鼻村の浄福寺の前に、大高源吾の句碑。#東海道思い出の写真 pic.twitter.com/si5HXvz0Hu
— のえる (@max03261) May 9, 2020
赤穂浪士も東海道にゆかりの深い人が何人もいますね。大高源五もその1人。子葉と号して当時名の知れた俳人でもあったのですが、切腹したときには介錯した武士が「武士であればこんな有名な俳人も殺さなくてはならないのか」と思い悩み、ついには武士を辞めてしまったそうです。#東海道思い出の写真 https://t.co/5NhtMe9BBY
— 歩き旅応援舎 (@arukitabiouen) May 9, 2020
茅ヶ崎の鶴嶺八幡宮前には、朝恵上人を称える句碑あり。#東海道思い出の写真 pic.twitter.com/q5smPnpRgs
— きよすみ (@kiyosumioyabimn) May 9, 2020
これです!この碑を建てた人が以前に私がツイートした虎ノ門の文具店オカモトヤの創業者で鴫立庵18世庵主の鈴木芳如さん。 https://t.co/5SSOBiwElB
— 歩き旅応援舎 (@arukitabiouen) May 9, 2020
虎ノ門の文具店オカモトヤの話はすっかり忘れておりました!!
— きよすみ (@kiyosumioyabimn) May 9, 2020
藤沢の白幡神社にある芭蕉の碑。藤には少し早かった記憶あり。#東海道思い出の写真 pic.twitter.com/mUd0tjGgl1
— きよすみ (@kiyosumioyabimn) May 9, 2020
たしかに藤はぜんぜん咲いていませんね。芭蕉が大和を旅したときの句です。#東海道思い出の写真 https://t.co/CuxRp42pO7
— 歩き旅応援舎 (@arukitabiouen) May 9, 2020
梅屋敷にも江戸時代の句碑が残っていました。#東海道思い出の写真 pic.twitter.com/8D9dAxZBk9
— きよすみ (@kiyosumioyabimn) May 9, 2020
説明板に書いてある山本久蔵は、梅を植えて東海道の名所である梅屋敷を創った人で、説明板に書いてある久蔵(梅路翁)のお墓がこれです。#東海道思い出の写真 https://t.co/Vp4DZTsUB6 pic.twitter.com/OBQvJjqzy3
— 歩き旅応援舎 (@arukitabiouen) May 9, 2020