品川宿の北品川に2軒並んで建っていたお寺、善福寺と法善寺のうち、今回は法善寺のお話です。
法善寺は明徳元年(1390)に創建された浄土宗のお寺です。
法善寺の山号は臨海山。ここからもかつて品川が海沿いの町だったことがわかります。
門前に「品川小学校発祥之地」の碑が立っていますが、これは隣だった善福寺で明治6年(1873)に始まった寺子屋がすぐに移転してきて、明治7年に公立学校品川学校になったことを記すものです。
西郷従道の次男の西郷従徳はこの学校の出身です。
品川小学校は後に御殿山へ、さらに東海寺の跡地に移転し、現在は中小一貫校の品川学園になっています。
法善寺は身寄りのない人を葬るいわゆる「投げ込み寺」でした。
品川宿には「投げ込み寺」が2箇所あり、北品川はこの法善寺、南品川は海蔵寺でした。
海蔵寺には無縁仏を供養する「頭痛塚」(この塚にお参りすると頭痛がなおるという御利益があります)がありますが、近年非公開になってしまいました。
一方で北品川の法善寺には、流民叢塚碑があります。
天保4年(1833)から始まった飢饉のとき、江戸近郊の村でも食糧が欠乏し農民たちは流民となって江戸に押し寄せました。
幕府は江戸の入口である街道の宿場4箇所に御救小屋を設けてこれを救済するとともに、江戸への流入を最小限に留めようとしました。
品川宿にも御救小屋が設けられましたが、しかし品川宿でも食糧が不足しており、流民たちの多くは、そのまま品川宿の御救小屋などで餓死したり衰弱死してしまいました。その数は891人に及んだそうです。
彼らのうち500人以上の遺体が埋葬されたのが法善寺です。
彼らを埋葬した塚の上に明治4年(1871)に流民叢塚碑が建てられました。
塚は昭和9年(1934)にコンクリート製の納骨堂に造り替えられ、碑はその納骨堂の屋上に移し替えられました。
また、品川宿の入口から品川神社のあたりにかけては、御殿山と呼ばれる高台がありました。
8代将軍徳川吉宗の時代に桜が植えられ、江戸の庶民の行楽地となりました。
この御殿山も江戸時代の終わり頃には品川沖に築かれた台場(砲台)の埋立用土を採るために切り崩され、だいぶ縮小しました。
ところが御殿山を崩して土を採取したところ、土中から多数の墓石や板碑が見つかりました。
御殿山は、鎌倉時代・南北朝時代の埋葬所だったのです。
花見をする行楽地だったのに、実はむかしの墓地だった・・・
まさに「知らぬが仏」とはこのことです。
ここで発掘された板碑(石製の卒塔婆)など121点は、供養のために法善寺に奉納されました。
そのうち3点の板碑は境内の小さな小屋に展示してあります。
ところでこのお寺はなかなか素敵なのです。
なぜかというと、レンガが多用してあり、門をはじめとして仏堂や本堂もレンガでできているのです。
特に大正時代に建てられたという本堂は側面全体がレンガでできています。イギリス積みが素敵です。
以前のブログに法善寺の隣だった善福寺のことを書きましたが、2つのお寺の間には道があります。
黒門横町と呼ばれていますが、ここには黒門と呼ばれる門があったのです。
その黒門とは・・・
→つづく
(歩き旅応援舎代表 岡本永義)
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