2024.9.1
保土ケ谷宿は「く」の字の形をしています。
宿場のほぼ中心で直角に近い角度で曲がっています。
この曲がり角に、保土ケ谷宿の本陣苅部家がありました。
苅部家は幕府から重用されており、幕末ころの本陣当主苅部悦甫は、今井川の改修工事を行ったときに出た土を品川台場の埋め立て用土として幕府に供出したり、開国し横浜に新たな町が築かれたときには、元横浜村の名主石川家や神奈川宿の石井家とともに日本人の町の年寄役を命じられています。
この軽部家は明治天皇の明治元年の東京行幸のときには宿泊場所となり、そのときに姓を「軽部」と誤記されたことがきっかけで軽部と改姓しました。
名字の漢字を間違えられると怒る人がいますが、相手が天皇では怒るわけにもいかず、自分が改姓したということでしょうか。
その旧本陣軽部家の門が、東海道沿いに残っています。
以前の門はこんな漢字で、ブロック塀が前にあって屋根しか見えませんでした。
東日本大震災でブロック塀が倒壊し、現在のようなフェンスとなったのです。
こう言っては不謹慎ですが、おかげさまで門がよく見えるようになりました。
ところで、東海道に現存する本陣の門は他にもあります。
いずれも保土ケ谷宿の軽部家の門よりもはるかに大きなものです。
それではこの保土ケ谷宿本陣の門はなに?
実はこの門は、江戸時代に建てられた家屋の部材を利用して昭和初期に建てられた門なのだそうです。
場所も東海道沿いではなく、一説には裏門として使われていたそうです。
それを東海道近くの敷地内に移設したのが、現在の門なのです。
日本橋を東海道から歩いてきて初めて遭遇する本陣の遺構ですが、江戸時代そのままのものではないことは注意が必要です。
(歩き旅応援舎代表 岡本永義)
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月に1回、日帰りで歩く東海道五十三次の旅
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