2024.9.19

→影取町とおはんの物語

長者の家を出て影取池へ行き、そこで死んでしまったおはんの物語は、私が東海道を案内するときにもお話ししています。
悲しい伝説です。
悲しさのあまり鼻血を催してしまったお客様もいらっしゃるくらいです。

影取池の説明板にあるヘビの絵

ところで、伝説には当時の人々の暮らしや考え方が反映されていることが多いものです。
だから伝説ができた経緯を読み解くことができれば、その背景にあるおもしろい事実が見えてくるというものです。

それでは影取池の伝説の背景には、どのようなことがあったと考えられるのでしょうか。

これについては、複数の方々からヒントとなるご教示をいただいております。

まず前提事実としては、影取池が裏にあったという諏訪神社の近くには影取村の名主の屋敷があったことです。

影取池があったという諏訪神社
名主屋敷の門 現在は建て替えられている

また、大鋸に住んでいた大工たちは船大工で、少なくとも鎌倉時代から船大工集団がここには住んでおり、源実朝が大船を造ったときにも動員されたといわれています。

実朝が大船を造るときに祀られたと伝わる船玉神社

彼らは戦国時代も小田原の北条氏の水軍の船大工として活動し、旗頭として北条からの命を他の船大工たちに伝えていた大工の頭領は、藤枝宿の遊行寺の門前に住んでいた森家だったというのです。

遊行寺の門前に森家はあった

そこでおはんの伝説に戻ります。
おはんを蔵に住まわせていた長者というのは、森家のことを指していたと考えられています。
伝説にも出てきますが、ヘビが蔵に住むのは縁起が良いこととされていました。
ヘビは裕福の象徴と、かつては考えられていたのです。

江戸へと搬出する米の集積地だった藤沢宿には穀物蔵が多い

そこでご教示を受けた情報を一つ。
SNSに書き込まれていたものなのですが、大きな蔵をもっていた親類の家では、米が蔵いっぱいに運び込まれると、その米を目当てにしたネズミが蔵に集まってきます。
するとネズミを餌にするヘビが蔵に住み着くようになるというのです。

その家が没落すると蔵から米が消え、ネズミもいなくなりヘビもいなくなるのです。
ヘビは裕福の象徴だったわけですが、それは裕福だからヘビが来たのであって、ヘビが来たから裕福になれるとは限らないというのが現実だったようです。

北条の旗頭として勢威を誇っていた森家が没落して、蔵に住んでいたヘビ「おはん」は屋敷を出て行きます。

そしておはんは坂を登って諏訪神社の裏の池に住む、池のそばには影取村の名主だった羽太家があったのです。
ということは森家が没落した後、代わって羽太家が栄えたことを意味しています。

その理由はなにか?

それについては、別の方からご教示をいただきました。
実際にお会いしてお話をおうかがいしたのですが、これは豊臣秀吉によって小田原城が降伏し、北条氏が滅ぼされてそれに代わって徳川家康が関東の支配者になったことが背景にあるというのです。

北条氏に代わって藤沢宿周辺を支配した徳川家康

徳川家康は北条氏の息のかかった森家よりも、羽太家を重用しました。
それによって森家は没落し(伝説ではおはんが出ていき)、羽太家が力をもつようになりました(同じくおはんが近くに住み着いた)。

最後に伝説でヘビが出てきたもう一つの理由についてです。
ヘビが裕福の象徴であり、それが坂の下から坂の上に移動するのは権力の移行を意味するもの、という解釈とはまた別に、伝説に登場する動物がヘビである理由があったのです。

それは諏訪神社。
坂の上の影取村には諏訪神社がありましたが、坂の下の藤沢宿にもその入口に諏訪神社があるのです。

藤沢宿の諏訪神社

坂下の諏訪神社は遊行寺とは東海道を挟んだ向かいにありますが、もともとは遊行寺の一部でした。明治の神仏分離によって独立した神社になりました。

この諏訪神社の祭神はタケミナカタ、大黒様として知られるオオクニヌシの息子です。
このタケミナカタは蛇神の性格をもつともいわれ、そのため諏訪神社の神の遣いもヘビなのです。

十二支のネズミとヘビ

これらの理由で戦国時代末期の北条方の家から徳川方の家への権力の移行を、諏訪神社のヘビでもって表現したのが、影取池とおはんの伝説だと考えられるのです。

あくまで状況証拠だけにもとづく推定でにすぎませんが、こうして考えてみるとこの伝説には当時の情勢や人々の生活が盛り込まれていることになります。
伝説を読み解くと、いろいろ面白い事実が見えてくるのです。

   

(歩き旅応援舎代表 岡本永義)

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