2024.9.25
いわゆる源平合戦のヒーローといえば源義経です。
しかし平氏を滅ぼした後、義経は彼自身の軽挙によって兄の源頼朝に嫌われ、逃亡先の奥州衣川で文治5年(1189)4月30日に藤原泰衡に攻められて自害しました。
鎌倉時代前半の幕府の歴史が記録された「吾妻鏡」に、その経緯が記載されています。
吾妻鏡には義経死後のことも書いてあります。
義経の首は藤原泰衡の使者によって鎌倉に届けられました。
6月13日、頼朝は梶原景時と和田義盛に命じて腰越の浜へ赴かせ、使者からこの首を受け取らせてその場で実検させました。
吾妻鏡の記述はここまで。実検のあとに首がどうなったのかは記載されていません。
ところが東海道藤沢宿には、このつづきに関する伝承があるのです。
義経の首は実検のあと浜に捨てられたました。
その首が境川を遡り、藤沢に着いたのです。
藤沢の人びとはその首を洗い、埋葬した場所が現在の白旗神社だというのです。
首が川を遡る?!?!
普通に考えれば首が川を自分で遡ることはありませんので(川に限らず、普通の首は死んでからは動きません)、藤沢の伝承では満ち潮に乗って川を遡った、金色の亀が甲羅に乗せて川を遡ったなどの話がついてきます。
金色の亀については藤沢の医師小川泰堂が近辺の地理や伝承をまとめた「我が棲里」に載っている話なのですが、およそ本当のこととは思えません。
白旗神社はもともと寒川彦命を祀っていた神社に、源義経の首を埋葬して合祀したため、現在の祭神は寒川彦命と源義経となっています。
境内には義経を祀る兜の前立ての形をした碑があります。
「鎮霊碑」と書いてありますが、ここは神社ですので、仏教で言うところの供養塔でしょう。
最近のことですが、源義経と弁慶の像も建てられました。
東海道から白旗神社へ向かう参道は八王子道で、かつての奥州街道だったという説があり、奥州で死んだ義経の首を埋葬したという伝承との関わりが考えられます。
東海道と八王子道との交差点の近くには、源義経首洗いの井戸と伝わる井戸が残っています。
藤沢の人々はこの井戸で義経の首をあらって白旗神社に埋葬したと伝わっています。
さて、どこまでが本当でどこからがウソなのかという話ですが、藤沢市教育委員会によると日本中に源義経に関わる伝説はあるものの、首が埋葬されていると伝わる場所は藤沢にしかないそうです。
義経の首の埋葬地ははたして?
はたして・・・??
(歩き旅応援舎代表 岡本永義)
【画像出典】
浮世絵・吾妻鏡 国立国会図書館デジタルコレクションより
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