2024.9.30
東海道には道沿いの街路樹として松が植えられていたことで知られています。
この松が並んだ街路樹は「松並木」と呼ばれ、東海道の風景を形作るものの一つでした。
東海道の歩き旅の出発点である日本橋をよく見てください。
ここにも松並木の松をかたどって、松の葉が彫刻されているんです。
この松並木、日本橋から東海道が始まって、すぐに植えられていたわけじゃありません。
なにしろ江戸は大都市で、たくさんの人が住んでいました。
日本橋から品川宿を超えて、立会川に架かる浜川橋まで人家がずらずらっと並んでいたんです。
松を植える余地なんかありません。
では松並木はどこから始まっていたのかといいますと、江戸時代後期に編纂された絵図を見ると、大森、蒲田、雑色(いずれも大田区)に並木が描いてありますが、松以外の木が多く、これではとても松並木とは言えません。
松ばかりが並んだ「松並木」となると、鶴見橋をわたって鶴見の立場(横浜市鶴見区)があった鶴見神社の参道入口近くまでが最初になります。
次が生麦と子安の間、さらに神奈川台の下から軽井沢、芝生から保土ケ谷宿にかけて、そして権太坂を上ると戸塚宿にかけて一気に松並木が増えます。
戸塚宿が終わる大坂から藤沢宿の入口である道場坂にも松並木が、藤沢宿を過ぎた先にも松並木が、それぞれ断続的につづいていたのです。
令和の今の時代とは、全然違う風景が東海道には広がっていたのです。
現在茅ヶ崎の松並木として残っているのは、大庭村(藤沢市)と小和田村(茅ヶ崎市)の間にあった松並木です。
その名のとおり、藤沢市から茅ヶ崎市に入ると同時に松並木が始まります。
「松並木の中を自動車が走っているなんて風情がない」
という声もありましょう。
しかし、私はむしろこの風景は、東海道が今も現役の道として使われているからこそだと思うのです。
明治以降の近代化の中で、日本の姿は大きく変わりました。
今やビルが建ち並び、幹線道路は多くの自動車が行き交っています。
それでも東海道と松並木は残っている、これがすばらしいところだと感じるのです。
松並木の中を車が走るこの風景、たとえ車が新しい交通手段に取って代わられても、松並木の中をそれらが走る風景が今後も長くつづいてほしいと思います。
(歩き旅応援舎代表 岡本永義)
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