2024.10.3
茅ヶ崎市の南湖に、金剛院というお寺があります。真言宗のお寺です。
門前に芭蕉句碑があります。
神奈川宿にあった能満寺の前にも同じようなものがありました。
筆跡がまったく同じです。
能満寺も真言宗ですので、真言宗で配っている句碑なのかも知れません。
このお寺にこのようなお墓があります。
明治6年(1873)に金剛院内に学校が設立されました。
この学校、琢章学舎は翌年茅ヶ崎学校と改称しました。
そして明治7年にこの学校の教師として赴任したのが、金剛院にお墓がある若松幹男です。
この若松幹男はどのような教師だったのか?
若松幹男が教師となってから2年後の明治9年、茅ヶ崎学校では定期試験が行われました。
この試験で、13人もの生徒が落第しました。
若松幹男はその責任を取り、学校内で切腹して自殺してしまったのです。
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あまりに衝撃的な事件ですので、ちょっとコメントの言葉がないのですが、農村部での教育に理解が得られなかったのか、責任感が強すぎたのか、プレッシャーがあったのか、それとも心を病んでいたのか、詳しいことは何もわかりません。
元幕府の儒学者であった林家の林鴬渓門下で同門であり、近くの羽鳥村で私塾「耕余塾」を開いていた小笠原東陽が、墓碑銘を書いています。
ちなみに耕余塾は吉田茂が学んだ学校です。
当時教育者として高名だった小笠原東陽と同門ですから、若松幹男にも大きな期待が寄せられていたことが想像できます。
明治初めの茅ヶ崎で、そこで開かれた学校で、一体何があったのか?
その真相は杳として知れません。
(歩き旅応援舎代表 岡本永義)
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5月23~24日 高塚~二川宿【受付終了】
9月19~20日 二川宿~国府
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月に1回、一泊二日で歩く東海道五十三次の旅 - めざせ大阪! 京街道をゆく 第2回 淀宿~枚方宿開催日時
2026年9月22日~23日
参加費 7000円
大津で京都へ向かう東海道から分かれて、大阪へと向かう京街道を歩く2回目。国宝の石清水八幡宮、重要文化財の片埜神社、かつての遊廓など、多くの見どころにあふれる道を歩きます。 - 日帰りであるく東海道 第4期 国府津~元箱根東海道歩き旅第11シリーズ
(2025年10月日本橋スタート)
開催日時
2026年
10月3日 国府津~小田原宿
11月7日 小田原宿~箱根湯本
12月5日 箱根湯本~元箱根
参加費 各回3500円
月に1回日帰りで歩く東海道五十三次の旅 - 日帰りであるく東海道 第1期 日本橋~生麦東海道歩き旅第15シリーズ
(2026年10月日本橋スタート)
開催日時
2026年
10月4日 日本橋~品川宿
11月8日 品川宿~蒲田
12月6日 蒲田~生麦
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月に1回、平日に日帰りで東海道五十三次を歩くイベント。日本橋を新規スタート。 - 日帰りであるく東海道Light 第3期 生麦~藤沢宿東海道歩き旅第12シリーズ
(2025年11月日本橋スタート)
開催日時
2026年
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10月7日 保土ケ谷宿~戸塚宿
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参加費 各回3500円
月に1回日帰りで歩く東海道五十三次の旅 - 日帰りであるく東海道 第1期 日本橋~生麦東海道歩き旅第14シリーズ
(2026年5月日本橋スタート)
開催日時
2026年
5月14日 日本橋~品川宿【受付終了】
6月11日 品川宿~蒲田【受付終了】
10月8日 蒲田~生麦
参加費 各回3500円
月に1回、平日に日帰りで東海道五十三次を歩くイベント。日本橋を新規スタート。
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