2024.10.5
徳川家康は17年にわたって浜松を拠点としていました。
「浜松」という地名の由来は、もともと浜辺近くにあった浜松八幡宮が現在地に移転したとき、浜に生えていた松の木を白狐の化身が一晩で移転先の八幡宮に移し替えたから「浜松」になったと伝わっています。
ただしこんな話は到底本当とは思えません。
馬込川は戦国時代まで天竜川の本流で、ここに「浜津」または「浜馬津」と呼ばれる津(湊のこと)があったからという由来が本当でしょう。
浜松はかつては引間(曳馬)と呼ばれていました。
東海道と湊を擁するこの地に、室町時代には城がありました。
それが引間城です。
桶狭間合戦で浜松を含めた遠江の支配者であった今川義元が戦死し、今川氏真が跡を継ぐと、遠江では今川に対する反乱が相次ぎました。
これを遠州忩劇といいます。
この引間城も遠州忩劇の舞台となりました。
引間城主の飯尾連竜が徳川家康と内通し、永禄6年(1563)に今川氏真に対して反旗を翻したのです。
連竜は引間城に拠って10か月にわたって今川の兵と戦いました。
結局連竜は今川氏真と和睦するのですが、氏真に駿府に招かれて行ったところ、謀殺されてしまいました。
永禄11年(1568)に徳川家康が遠江に出兵して引間城を占拠し、大改築したのが浜松城です。
現在の浜松城はさらにその後、天正18年(1590)に徳川家康が江戸へと去った後に浜松に入った堀尾吉晴が造ったものです。
しかしその一角には引間城の遺構が組み込まれており、現在も引間城の跡を見ることができます。
引間城は小高い丘に十字に空堀を掘って4つの曲輪を設けた城でした。
その本丸だったところには、明治19年(1886)に東照宮が建てられました。
平成27年(2015)にはその境内に31歳の徳川家康像と少年姿の豊臣秀吉像が建てられました。記念撮影スポットなのですが、なぜかパワースポットということにされています。
引間城のその他の曲輪だったところには住宅が建っていますが、この城跡のすごいところは空堀の跡が道路となって残っているところです。
「京都まであるく東海道」でも、お客様と一緒に空堀の中を歩いてみました。
住宅が建っている両側が石垣を組まれた高台になっていて、空堀の底を歩いているのをばっちり感じられます。
引間城跡、お勧めです。
浜松城だけしか見ないで帰ったらもったいないです。
(歩き旅応援舎代表 岡本永義)
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