2024.10.15
東海道を歩いて、馬入橋を渡り、もうすぐ平塚宿というところまで来ると、ひときわ目に付くこの看板。
なんじゃこりゃ?!? と思うところですが、ちょんまげ頭の形をしたもなかです。
おいしいです!
東海道を歩いていると、もなかだけでも様々な形のものを売っていて飽きません。
さて、もなかの形がなぜ「ちょんまげ」なのかといいますと、この店の近くに「丁髷塚」と呼ばれる塚があるからです。この塚には以下のような伝承があります。
JRの大磯駅と二宮駅のちょうど中間くらい、東海道からは900メートルくらい北にある神揃山では、毎年5月5日に相模国の主要な6社の神社(一の宮から四の宮と平塚八幡宮、六所神社)の御輿が集まる祭りがあります。「国府祭」と書いて「こうのまち」と呼ばれるお祭りです。
相模国は神奈川県から川崎と横浜の北半分を除いた地域の旧国名です。
日本橋から東海道を歩いていると、保土ケ谷宿から戸塚宿へと向かう途中にある境木からは相模国になります。
古代には相武(さがむ)と師長(しなが)の2か国だったものが、のちに1つの国にまとめられて相模国ができたそうです。
その結果相武の一の宮だった寒川神社が相模国の一の宮になりましたが、師長の一の宮だった川匂神社が毎年一の宮の座を寒川神社に要求し、その争論を三の宮の比々多神社が「まあまあこの結論はまた来年」とまとめるのが国府祭なのだそうです。
→国府祭ホームページ
ところがこの国府祭、各地域の有力神社の氏子たちが御輿を担いで集まるものですから、威勢を張り合ってケンカ騒ぎが絶えなかったのだそうです。
ある年の国府祭のとき、一の宮の寒川神社と五の宮格の平塚八幡宮の御輿の担ぎ手同士がケンカになり、平塚八幡宮の氏子たちが寒川神社の御輿を相模川に投げ捨ててしまったのだそうです。このとき死傷者が出たという話も伝わっています。
この事件は平塚を管轄する幕府代官の耳に入りました。
平塚は当初幕府領でしたが、天保14年(1843)より小田原藩領となっていますので、まだ幕府領だったころの話となります。
平塚宿は中原代官や韮山代官などが時代によって管理していましたが、このケンカのあったころは韮山代官が管理していたことになっています。
韮山代官は、名代官として知られる江川太郎左衛門です。
韮山代官は代々江川太郎左衛門を名乗っていましたが、このときの代官が韮山に反射炉を築いた江川太郎左衛門英龍かどうかはわかりません。
江戸時代は身分制社会ですから、下の身分の者が上の身分の者を侮辱するようなことは重罪です。
平塚八幡宮の御輿を担ぎ手の若者たち16名が捕らえられて、代官の裁きによって打ち首となってしまいました。
そして処刑の日、江川代官は若者たちを処刑場に並ばせると、チョン、チョンと髷を切り落とし、「これで命を一度失ったと思い、これからは心を入れ替えて精進せよ」と申し渡したのです。
若者たちから切り落とした髷を埋めたのが丁髷塚だと言われています。
どこまで本当なのかわからない話です。
江川英龍が名代官と呼ばれていたことは確かですが、それゆえに代官が髷を切り落とすだけで死罪を許したというのは作り話の匂いがプンプンします。
ところで文化14年(1817)の古文書が川匂神社には残っています。
そこには国府祭で平塚八幡宮と川匂神社の間で争論が起こり、それを他の神社や周囲の村の代表者がなだめて収まった様子を代官所に報告する内容が記されています。
川匂神社と本当に争論になったことから考えると、平塚八幡宮の氏子たちは少し血の気が多かったようです。
もしかしたらこのような気質から、丁髷塚の話ができあがったのかも知れません。
(歩き旅応援舎代表 岡本永義)
東海道歩き旅イベント 参加者募集中
とにかく内容が濃く詳しい、それなのに参加費がリーズナブル。
それが歩き旅応援舎の東海道歩き旅イベントです。
「日帰りで歩く東海道」 日本橋~原宿を日帰りで歩きます。全15回
「京都まで歩く東海道」 原宿~三条大橋を一泊二日で歩きます。全18回
それぞれ月に1回ずつ歩いて、東京の日本橋から京都の三条大橋をめざすイベントです。
以下のイベントが参加者募集中です。途中からでもご参加いただけます。
このブログには書いていないことが、実際の東海道にはいっぱいあります。
もっとくわしくお話をしながらガイドがご案内いたします。
一緒に東海道を歩きませんか?
人生の宝となるような経験を得る、そのお手伝いをいたします。
- 東海道五十三次を歩く 日本橋~品川宿(全3回)日帰りであるく東海道Light 第1期
(2026年10月日本橋スタート)
参加費 各回3000円
2026年
10月14日 日本橋~新橋【終了】
11月11日 新橋~高輪
12月9日 高輪~品川宿 - 東海道五十三次を歩く 生麦~藤沢宿(全3回)日帰りであるく東海道 第2期
(2026年5月日本橋スタート)
参加費 各回3500円
2026年
10月22日 生麦~保土ケ谷宿
11月12日 保土ケ谷宿~戸塚宿
12月10日 戸塚宿~藤沢宿 - 東海道五十三次を歩く 国府~熱田宿(全3回)京都まであるく東海道 第9期
(2023年10月日本橋スタート)
参加費 各回6000円
2026年
10月24~25日 国府~岡崎宿
11月28~29日 岡崎宿~前後
12月26~27日 前後~熱田宿 - 東海道五十三次を歩く 生麦~藤沢宿(全3回)日帰りであるく東海道Light 第3期
(2025年11月日本橋スタート)
参加費 各回3500円
2026年
5月13日 生麦~保土ケ谷宿【終了】
10月7日 保土ケ谷宿~戸塚宿【終了】
11月4日 戸塚宿~藤沢宿 - 東海道五十三次を歩く 国府津~元箱根(全3回)日帰りであるく東海道 第4期
(2025年10月日本橋スタート)
参加費 各回3500円
2026年
10月3日 国府津~小田原宿【終了】
11月7日 小田原宿~箱根湯本
12月5日 箱根湯本~元箱根 - 東海道五十三次を歩く 元箱根~原宿(全3回)日帰りであるく東海道 第5期
(2025年4月日本橋スタート)
参加費 各回3500円
2026年
10月11日 元箱根~山中城【終了】
11月15日 山中城~三島宿
12月13日 三島宿~原宿
最新のブログ記事
- 江戸城外堀の城門4 常盤橋門江戸城外堀の正門であった常盤橋門。跡地には石垣が残り立派な石橋が架けられています。東海道も日本橋が起点ではなく、この常盤橋を通っていたという絵図もあります。
- 江戸城外堀の城門3 神田橋門江戸城外堀に18箇所あった城門の3箇所目が神田橋門。門の内側は譜代大名の屋敷が並ぶ大手町、外側は町人の町、神田でした。
- 江戸城外堀の城門2 一ツ橋門江戸城外堀に18箇所あった城門の2つめは一ツ橋門です。
- 江戸城外堀の城門1 雉子橋門寛永13年(1636)に完成した江戸城外堀には18箇所に城門が設けられていました。堀留橋から時計回りに外堀をめぐると、最初の城門が雉子橋門です。
- 戦国武将の江戸屋敷 藤堂高虎編戦国武将の多くは、江戸時代には大名や旗本になりました。豊臣秀長らに仕えた藤堂高虎は、江戸時代には大名となり神田に屋敷を与えられました。その場所は今どうなっているでしょう?




















