「平塚」の地名の由来とされている「平塚」と呼ばれる塚が東海道平塚宿にはあります。
この塚は桓武天皇の子孫の高見王の娘、政子の墓と伝わっています。
この話は平塚の伝承を江戸幕府の研究機関である昌平黌が拾い上げ、「新編相模国風土記稿」を編纂したときに収録した話がもとになっています。
政子は平塚の隣にある要法寺が所蔵する江戸時代初期の古文書には「高見王の妃砂子」と書かれていると、平塚市教育委員会が編纂した「平塚市文化財調査報告書第17集」に記されています。
「砂子」と書いて「まさこ」と読むという話が伝わり、大正9年(1920)に建てられた平塚碑には「眞砂子」の文字が当てられています。
名前の文字がまちまち、高見王の娘だったか妻だったかも不明なのを見てもわかるとおり、「政子」「砂子」「眞砂子」と呼ばれる女性は名前どころか実在したかどうかもわかりません。
そもそも父または夫とされる高見王も実在したかどうかわかりません。
後に武士となって関東に土着した平氏の祖といわれる高望王は高見王の子とされることが多いのですが、高見王自体が実在が疑われているのです。
実在するかどうかわからないのですが、「政子」は東国へ行く途中の天安元年(857)に病を得てこの地で没したと伝わり、それを埋葬した墓が「平塚」だというのが、地名の「平塚」の由来だとこの地には伝わっているのです。
政子の墓と伝わる「平塚」は平べったい塚で、もともとこのような形をしていたのか、あるいは風雨によって削られて平べったくなったのかはわかりませんが、その形から周辺の地名が「平塚」になったというのです。
なんだか地名の由来として本当かどうかわからない話ですが、地名の「平塚」が書物に登場するのは「吾妻鏡」の建久3年が最初だそうです。
これらのことから「平塚」の地名は平安時代の後期ころに成立したのではないかと考えられています。
それではそれ以前はなんと呼ばれていたのかというと、「更級日記」に「唐が原」(もろこしがはら)と出てきます。
「もろこしが原」とか「もろこしの原」というのが、大磯から平塚にかけての呼び名だったのです。
その由来は高麗山です。
その名のとおり朝鮮半島からの渡来人が付近に住んだことが山の名の由来とされています。
丸みを帯びた山で、歌川広重の浮世絵にも中心に描かれています。
「もろこし」とは「唐」の字が当てられるとおり昔の中国のことですが、平安時代ころの人たちにとっては、大陸から来た人たちの出身地は中国大陸だろうと朝鮮半島だろうと同じように思えたのでしょう。
平塚周辺の地は相模川と花水川が運んで来た土砂が堆積してできたところで、古代には多くの人が住んでいたことが遺跡の発掘などからわかっています。
小さな円墳もたくさんありました。
そのような土地に朝鮮半島から渡来した多くの人たちが住み、後には都からやってきた平姓の貴族が土着して武士となった、それが平塚の前史と考えられます。
平塚には他にも「丁髷塚」と呼ばれる塚もあります。
おそらく地名の由来となった平塚も丁髷塚も、本当は古墳なのでしょう。
それが平たい形もさることながら、関東に平氏一族が土着して武士となったことなどから、渡来人が多く住む「もろこしが原」に「政子」の伝承や「平塚」の地名が生まれたのではないでしょうか。
(歩き旅応援舎代表 岡本永義)
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