大磯宿には3軒の本陣がありました。
小島本陣、尾上本陣、石井本陣の3軒です。
石井本陣の跡地だけ今も旅館ですが、この大内屋旅館は東隣にあった宮代屋旅館の分館として明治になって本陣跡地で開館したもので、石井本陣とは関係がないようです。
さて、大内屋の本館だった宮代屋旅館、ここで明治17年(1884)に宮代屋事件という世間を騒然とさせた殺人事件が起こっています。
明治10年(1877)に西南戦争が起こります。
この戦争で政府は戦費調達のために紙幣を乱発したことから、戦争後に深刻なインフレとなりました。
明治14年に大蔵卿となった松方正義は緊縮財政を実施し、紙幣を回収して廃棄し、インフレを収束させました。
ところがこれはかなりの荒療治だったらしく、国内は不況に陥り、とくに米と繭の価格が暴落してしまいました。
そのために多くの農民の生活が窮乏し、農地を担保にして高利で借金をする農民が続出したのです。
ところが明治16年から17年にかけて、日本は米の不作に見舞われ、さらに17年には二度にわたって台風が襲来しました。
これによって農民たちは借金を返済できない事態に陥りました。
そこで農民たちに金を貸した銀行や金融会社、個人の金貸したちは裁判に訴え、判決によって合法的に農民から農地を取り上げてしまいました。
農地がなければ農民は生活できません。
そのような社会問題が頻発していたのが明治10年代後半なのです。
こういった高利貸しの一人が露木卯三郎でした。
卯三郎は二宮・大磯周辺の農民たちに次々と高利で金を貸し、そして農地を取り上げてはそれを売り払って利益を上げていました。
露木卯三郎は現在の二宮町にあたる一色村の出身で、東京に出て米相場で富を築き、一色村に「東京屋敷」と呼ばれる豪邸を建てて金融業を営んでいました。
そのやり方は、東海道の馬入の渡し場近くに屋敷を構え、平塚宿に江陽銀行を開いて同じように農民に金を貸し付けていた杉山泰介も「露木は高利過ぎる」旨を日記に記すほどでした。
1年で借金額が倍になるほどの高利だったといわれています。
ところが農民たちが結集して借金の貸主たちに利息の減額などを要求する事件が相次ぎ、卯三郎は一色村の屋敷から妻の実家へと逃げ出しました。
その妻の実家が、大磯にあった宮代屋だったのです。
ところが明治17年5月15日、養子で番頭の幸助と宮代屋に滞在していた露木卯三郎を、11人の農民が脇差しや包丁をもって襲撃しました。
卯三郎と幸助は農民たちによって、宮代屋で嬲り殺しにされてしまいました。
卯三郎によって農地を取り上げられたり厳しい借金の催促に窮した末の農民たちによる反抗でしたが、襲撃した農民たちは全員捕らえられ、そのうち8人が死罪となり処刑されました。
これが宮代屋事件とか露木事件、一色騒動と呼ばれる大磯で起こった事件です。
殺人を犯して死罪となりましたが、事情を知る大磯の人たちは農民たちに同情し、供養碑が建てられました。
城山公園の向かい、東海道のすぐそばにある西長院に、農民8人の名前が刻まれた供養碑があります。
この事件は当時の新聞などでも大きく取り上げられ、農民たちの暴発を恐れて利息を減額したり返済を延期したりする金融業者が相次ぎました。
宮代屋事件で処刑された農民たちに代表されるように、困窮した農民たちは農村ごとに困民党を結成して、金融業者たちに対抗しました。
それを明治政府の政策に異を唱える自由党員が支援し、困民党や自由党による蜂起が多発したのもこのころのことです。
明治前期の農村の疲弊と悲惨な殺人事件、それを伝える碑は説明の看板もなく、忘れられたようにひっそりと西長院に立っています。
(歩き旅応援舎代表 岡本永義)
【参照文献】
「三多摩自由民権史料集」
「自由民権運動 近代のはじまり」
「二宮町近代史話」
「二宮町ゆかりの人物 露木卯三郎」(二宮町図書館だより第21号)
論文「不穏な死体の存在」阿部安成
【画像出典】
「近世名士写真」(国立国会図書館デジタルコレクションより)
国土地理院旧版地図謄本「大磯驛」
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