小田原市東町で、東海道から路地をちょっと入ったところに戎(えびす)神社という小さな神社があります。
その名のとおり、七福神のうちの一柱である恵比寿様を祀る神社です。
恵比寿様は豊漁の御利益のある神様として信仰されています。
そのため福の神として大黒様とともに大坂の商人たちが商売繁盛の神として室町時代ころに祀り始め、その後どんどん神様の数が増えていったのが七福神とされています。
ところで、恵比寿様は七福神で唯一日本由来の神様とされています。
「古事記」「日本書紀」の冒頭には、イザナギとイザナミが自分たちの子でありながら、生まれ損ないの「ヒルコ」を川に流してしまうという衝撃の行りがあります。
ここから先は西宮独自の伝説になるのですが、「ヒルコ」は西宮に流れ着き、海から現れた神なので豊漁の神として祀られるようになったそうです。
「ヒルコ」は漢字で書くと「蛭子」、読み方をかえると「えびす」ですね。
ところで東海道すぐちかくの東町にある戎神社ですが、ここには壬申の乱にまつわる伝承があります。
天武天皇元年(672)、日本の古代最大の内乱である壬申の乱が起こりました。大化の改新を行った天智天皇の死後、その跡目をめぐってその子の大友皇子(弘文天皇)と天智天皇の弟の大海人皇子(天武天皇)が武力衝突し、敗れた大友皇子が自害した戦いです。
戦いは東海道の草津宿と大津宿の間、瀬田唐橋(当時は瀬田橋。いまの橋より約80メートル下流)で決着しました。
当時の都だった大津京を守るため、大友皇子は瀬田大橋を最後の防衛線としたのですが、激戦の末に大海人皇子の軍にここを破られ、大友皇子は妻とともに自害して果てました。
24歳の若さだったそうです。
東海道大津宿のちょっと北になりますが、宮内省が比定した弘文天皇陵があります。
陵墓はあるのですが、大友皇子は実は生きていて落ち延びたという伝承が、日本中のあちこちにあります。
やはり若くして死んだ皇子をかわいそうだと思う人々の気持ちから、これらの伝承となって表れたのでしょう。
ところで、小田原市東町にある戎神社の伝承は大友皇子生存とはちょっと異なります。
ここは壬申の乱に敗れた後、大友皇子の家臣が小田原に落ち延び、ここで大友皇子を神として祀ったというのです。
ただ、当時はすでに天武天皇の御世になっていましたから、おおっぴらに大友皇子を祀るわけにはいきません。
そこで、海が近く漁村もあったこともあり、恵比寿様と仮装してまつったのが、この戎神社だというのです。
だから恵比寿様を祀った神社ということになっていますが、本当の祭神は大友皇子というのが戎神社の伝承なのです。
おそらくこれも、若くして死んだ大友皇子を哀れむ人たちによって伝承が生まれ、もともと漁村だったこの地の恵比寿信仰と集合したというのが本当のところではないかと思います。
現在、戎神社の社殿には恵比寿様と大黒様の像が並べて納めてあります。社殿の戸は閉まっていますが、お賽銭用の小さな窓からこれらの像をだれでも拝むことができます。
のぞいてみましょう。
な ん と い う 衝 撃 の 結 末 !
(歩き旅応援舎代表 岡本永義)
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10月8日 蒲田~生麦
参加費 各回3500円
月に1回、平日に日帰りで東海道五十三次を歩くイベント。日本橋を新規スタート。
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