東海道五十三次の宿場のうち、三河国にある35宿目の御油宿と36宿目の赤坂宿は非常に近接した宿場です。
間にあるのは松並木、これをはさんで2つの宿場は約500メートルしか離れていませんでした。
約2キロという歩いて30分ほどの距離の中に、2つの宿場があったのです。
慶長6年(1601)に東海道の宿場を指定するために発布された「伝馬朱印状」でも、御油宿と赤坂宿は「赤坂 五位」と2つの宿場が連名で記されています。(五位とは御油のこと)
宿場本来の役務である継立(荷物をリレー方式で運ぶ流通機能)は、他の宿場では上りと下りの両方をこなさなくてはいけなかったのですが、御油と赤坂ではこれが一つとなっていて、藤川宿への上り荷物は赤坂が、吉田宿への下り荷物は御油が担っていたのです。
この近さについては、若き日の松尾芭蕉も「夏の月 御油より出でて赤坂や」と詠んでいます。
赤坂宿にある関川神社には、この句を詠んだ句碑があります。
ところでこの御油宿と赤坂宿は、江戸時代には近いということではなく、別の理由で東海道五十三次の中でも知られた宿場でした。
それは飯盛女が多かったことです。
飯盛女とは宿場にいた遊女のことです。
遊女がいてもいいのは幕府や大名が公認した遊廓だけというのが建前です。
でも宿場が経済的に衰えてしまうと流通が滞ってしまいます。
そこで幕府は宿場を保護するために、「飯を客に盛る女を旅籠に置いているだけ」という名目で、宿場が遊女を置くことを黙認していたのです。
歌川広重が描いた浮世絵、保永堂板「東海道五拾三次」でも、御油宿と赤坂宿では飯盛女が描かれています。
御油では旅人相手に客引きをする飯盛女が、赤坂では客から招かれるのに備えて化粧をする飯盛女が描かれています。
ちょっとユーモラスに描かれた遊女たちの日常生活です。
江戸時代中期から後期にかけての文学者で幕府の役人でもあった大田南畝(蜀山人)も、享和元年(1801)に東海道を旅したときの様子を記した「改元紀行」において
御油より赤坂までは十六町にして、一宿のごとし、宿に遊女多し、おなじ宿なれども御油はいやしく、赤坂はよろし
と書いています。
大田南畝にとっては、御油の飯盛女よりも赤坂の飯盛女の方がいい女だったようです。
ところで、御油宿には飯盛女の墓が残されています。
19歳から25歳の飯盛女4人の墓です。
全ての戒名に「傾」と「城」の文字が入っています。
「傾城」とは美女のことで、もともとは漢籍に使われていた言葉です。
中国では多くの皇帝・王・諸侯が、美女に入れあげて国を失ってきました。
そのため国(城)を傾かせるということで、美女のことを「傾城」と呼び、日本ではそれが転じて遊女のことを「傾城」と呼ぶようになったのです。
この4人は全員旅籠大津屋の飯盛女で、没年月日は全員嘉永元年(1848)9月18日です。
この日、大津屋の飯盛女4人が入水自殺をして心中したのです。
日本固有の遊廓という文化には、光と影があります。
江戸の吉原遊廓のそれが広く知られていますが、光と影があったのは吉原に限りません。
ユーモラスな広重が描いた飯盛女たち、御油宿に残る飯盛女たちの墓。
それらはすべて、江戸時代の宿場で飯盛女と呼ばれていた遊女たちの姿なのです。
(歩き旅応援舎代表 岡本永義)
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