天正7年(1579)に、徳川家康の正室築山御前が殺害され、その半月後には2人の子である松平信康が自殺するという事件が起こりました。
かつては2人が武田勝頼に内通していると疑った織田信長が、家康に命じて2人を死に追いやったと言われていましたが、近年は異説も唱えられており、真相は謎というほかありません。
8月29日に築山御前が佐鳴湖のほとりで家康の家臣によって殺害され、9月15日には二俣城で信康が切腹した事件です。
その後2人の首塚と呼ばれる埋葬地が、東海道五十三次のうち38宿目の岡崎宿にあります。
まず築山御前ですが、殺害された後に首級はいったん織田信長のもとに送られたともいわれており、その後岡崎に送り返されて祐伝寺に埋葬されたそうです。
岡崎宿内の東海道は「岡崎二十七曲がり」と呼ばれるほど複雑な道筋をたどっていますが、東海道から少し南に入ったところに祐伝寺はあります。
祐伝寺には築山御前の小さな首塚があります。
ただし、この築山御前の首は後に岡崎宿の北東にある八柱神社に改葬されました。
八柱神社の埋葬地には、新しいものですがかなり立派な五輪塔が建てられています。
一方の信康の首ですが、切腹したときに介錯された信康の首は、岡崎にある仏堂に埋葬されました。
若宮八幡宮内にあった観音堂がその埋葬地とされています。
神社の中に仏堂がありますが、江戸時代までは仏も神も一緒くたに信仰する神仏習合が当たり前でしたら、特段不思議なことではありません。
ところがこの観音堂が東海道沿いに移転し、根石原観音堂となりました。
そのときに首塚は移転せず、今でも若宮八幡宮にあります。
こちらが若宮八幡宮境内にある信康の首塚。
2人がなぜ非業の死を迎えなくてはならなかったのか、謎ののこる徳川家康の妻と子の首塚は、ともに岡崎宿にあるのです。
(歩き旅応援舎代表 岡本永義)
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