東海道五十三次で最大の難所と呼ばれる箱根で、その東坂にある間宿が畑宿です。
箱根の山中に今も家が並んでいる畑宿ですが、その家並みの西の外れから、石畳の道が始まっています。
この石畳の道が始まるところの両側に、畑宿の一里塚があります。
一里塚は幕府が東海道宿場制を整備するにあたって、1里つまり約3.92キロごとに距離の目印と旅人の休憩場所として設置したものです。
ただ、この1里ごとの距離はあまり正確ではありません。
その理由の一つとしては、江戸時代の初期には江戸の日本橋と京都の三条大橋の間の距離は120里と認識されていたことがあります。
日本橋と三条大橋の間の距離は、江戸時代の東海道を通った場合、約530キロというのがほぼ正確な数値になります。
そこに120里(=約470キロ)という認識のもとに一里塚を築いたのですから、どうしても一里塚と一里塚の間は3.92キロではなくなってしまいます。
ちなみに一里塚の設置からおよそ240年後に幕府が編纂した「東海道宿村大概帳」の記述では、東海道の距離は126里6町1間となっています。
現在ではこれをもとに126里に3.92キロをかけて江戸時代の東海道の距離を492キロとしている記述をよく見かけます。
あるいは、これに6町1間を加えて495キロとしているものもあります。
しかしそもそも「東海道宿村大概」に記述された距離自体が正確ではありません。
実際に測量して記述した数値なのかどうかすら疑問です。
ところが現在設置されている一里塚の説明板などには、一里塚設置のときの認識である120里とも、実際に測定した東海道の距離とも異なる126里という数値に、現存する一里塚あるいは一里塚の跡地の場所を無理矢理当てはめた数が「この一里塚は○里目」などと記載されているものが多いのです。
日本橋から順番に当てはめていますので、これでは京都に近くなるほど一里塚の里数に齟齬が出てきます。
例えば浜松市にある若林の一里塚の場合は
江戸から62里目として造られたものなのに、碑と説明板には「江戸より66里」と齟齬を生じた数字が書かれているのです。
さて、畑宿の一里塚ですが、ここは23里目の一里塚として築かれました。
現在は道の両側に一里塚がありますが、実はこれは復元されたものです。
この一里塚は、京都側に向かって右側は塚が崩れて周囲は植林となり、左側は第二次大戦中に畑となっていました。かろうじて右の塚については土が盛り上がっている周囲を柵で囲んで「箱根旧街道一里塚の碑」という昭和48年(1973)に建てられた石碑があるだけでした。
ところが平成9年(1997)から翌年にかけて発掘調査を実施したところ、左右の塚の跡の地中から一里塚の土台だった石垣とその内部に詰められていた礫が発掘されたのです。
そこでこの石垣の欠損部分や足りなくなっていた礫を新たに補充し、その上に土を盛り上げて一里塚の復元工事が平成10年に行われました。
ちなみに一里塚の上に植えてある木は、右がモミ、左がケヤキです。
前出の「東海道宿村大概帳」には、畑宿の一里塚について「壱ヶ所 木立右樅左槻 但左右塚供畑宿村地内」と記載されています。
宿場間の距離はあてにならないものの、「東海道宿村大概帳」は江戸時代後期の東海道の様子を知るための一級史料です。
この記述にもとづいて、畑宿の一里塚が復元されたときには右にモミ、左にケヤキ(槻とはケヤキのこと)が植えられたのです。
復元ものとはいえ、本物はおそらくこうだったであろうと思われるくらいよくできた一里塚、東海道を歩く際には是非ともチェックしてください。
(歩き旅応援舎代表 岡本永義)
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