「その手は桑名の焼きハマグリ」
という言葉があります。
「その手に食わない」と言うときのダジャレを交えた言い方です。
東海道は七里の渡しといい、熱田宿から海を船で桑名宿までわたっていました。
桑名宿の七里の渡し場には、伊勢神宮の一の鳥居が設置されていました。
→七里の渡し場の鳥居についてはこちら
そのため桑名宿は、伊勢参りに行く人々のスタート地点といっても良い場所でした。
そんな桑名の海はハマグリの成長に適していて、良質のハマグリが穫れる地でした。
そのため、桑名宿とその周辺の町では、ハマグリ料理が名物となっていました。
NHKのブラタモリで「伊勢神宮への旅」として4月5日に放送された第1回でも、桑名宿にある郷土料理店「歌行燈」でハマグリを酒蒸しにした料理「焼きハマグリ」を食べながら、『伊勢路のスタートがおいしいハマグリから始まっています』として、これを伊勢路を歩く魅力のひとつとして紹介していました。
そんなこともあり桑名にはハマグリを供養する蛤墳(はまぐりづか)があります。
ただ、この石塔はお寺の境内にあるので供養塔といわれていますが、刻んであるのは狂歌ですので、桑名に建てられた名物の蛤を詠み込んだ狂歌碑という見方もできそうです。
あまおふね のりのみ声にはまぐりの 貝の耳にもとめてしのはむ
文政6年(1823)に建てられた碑です。
江戸時代の後期にはすでに桑名では蛤を材料にした料理が名物になっていたのです。
でもそれは・・・
焼きハマグリではありません。
桑名宿の名物だったのは時雨蛤です。
時雨蛤とはハマグリの佃煮です。
桑名には今でも時雨ハマグリのお店がたくさんあります。
ただ、かなり高価な食べ物で、令和7年4月にお店の人に聞いたところでは100グラム4000円ほどでした。
じゃあ焼きハマグリは何なのかと言いますと、これは桑名宿から四日市宿に行く途中にある、小向(おぶけ)と富田(とみだ)の2つの立場の名物でした。
富田の市民センターの前にも、このような掲示がされています。
たしかに、焼きハマグリが売られている様子を描いた絵は、すべて富田の立場のものです。
江戸時代に編纂された東海道のガイドブック「東海道名所図会」の本文でも、「名物焼蛤」は四日市の項に入っています。
東海道名所図会は京都から江戸に向かって書かれているため、四日市から桑名に行く途中の富田は四日市の項に入れられているのです。
そこには「東富田、おぶけ両所の茶店に、火鉢を軒端へ出し、松毬(まつかさ)にて蛤を焙り、旅客を饗す。桑名の焙蛤とはこれなり」と書いてあります。
四日市に分類しておきながら「桑名の焙蛤」とは「?」というところですが、この記述によると富田や小向(現在の朝日町)の茶店で出されていた焼きハマグリは、現在のような酒蒸しではなく松かさを燃やして火鉢で焙っていたことがわかります。
これに対して桑名の項の中には「時雨蛤」があり「秋より春まで漁す、初冬の頃美味なるゆへ時雨蛤の名あり、溜豆油(たまりしょうゆ)にて製す」と書かれています。
伊勢神宮参拝の旅人は桑名で焼きハマグリを食べてから伊勢街道をスタートと言ってしまった「ブラタモリ」ですが、この情報は正確とは言えないのです。
焼きハマグリが名物だった本当の場所、それは桑名ではなく小向と富田でした。
小向は現在の朝日町、富田は四日市市です。
残念なことに、今では朝日町でも四日市でも焼きハマグリをメインメニューとしている飲食店はありません。
江戸時代とちがって、焼きハマグリの店は桑名駅や桑名宿に移ってしまいました。
現在の四日市市域のものとして江戸時代の書物に書かれていてもよさそうだった焼きハマグリですが、なぜ当時から桑名の名物のように呼ばれていたのでしょう?
おそらく、という話に留まりますが、たぶん富田が江戸時代には桑名藩領だったことによると思われます。
「その手は桑名の」というものの、実は焼きハマグリは四日市市や朝日町の名物でした。
桑名宿で食べられていたものではなかったのです。
(歩き旅応援舎代表 岡本永義)
【画像出典】国立国会図書館デジタルコレクション
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