大河ドラマ「べらぼう」では、浅間山の噴火に端を発する天明の飢饉が、物語の重要なターニングポイントになっています。
意次が息子の意知ととも飢饉対策を進める中で、意知は刃傷事件に巻き込まれて命を落としました。
さらには米の値上がりは田沼一派のせいと思い込んだ庶民によって、田沼意次たちは世間からの恨みを買うことにもなりました。
ところで、この天明の飢饉のさなかに、本当に「私服を肥やす」と受け取られてもしかたない行為に及んだ大名がいます。
飢饉当時は伏見奉行を務めていた小堀政方です。
小室藩主で、作庭など芸術家として名高い小堀遠州(小堀政一)の子孫にあたります。
彼は天明の飢饉のさなかに伏見の町人たちに「御用金」名目で重税を課したのです。
これを伏見の年寄りや名主たち7名が幕府に直訴したことから、この御用金名目の課税は幕府の評定所で審理されることとなり、その結果小堀政方は失脚します。
失脚したばかりでなく、減封により大名の地位も失ってしまいました。
一方で直訴を行った町人たち7名とは、文殊久助(九助)、丸屋久兵衛、麹屋伝兵衛、伏見屋清左衛門、柴屋伊兵衛、板屋市右衛門、焼塩屋権兵衛。
彼らは、審理の結果が出るまで牢に入れられてしまいました。
江戸時代は身分制社会なので、下の身分の者が上の身分の者をそしることは、原則としてしてはならないのです。
そのため結論が出るまで逃げられないように牢に入れられたのです。
この入牢中に多くの者は病気などで獄死してしまいました。
そのため彼らは伏見近辺で「天明義民」と呼ばれて顕彰されることとなりました。
※全員獄死という話もありますが、この事件の詳細はわからないことが多いのです。
東海道大津宿から大阪へと向かう「京街道」とか「東海道五十七次」と呼ばれる道すがらには、これら天明義民に関する碑などがいくつもあります。
藤森神社の焼塩屋権兵衛の碑
勝念寺の柴屋伊兵衛の墓所
玄忠寺の小林勘次の碑
大黒寺の文殊久助らの供養墓と碑
文殊久助は7人の中心たる人物でしたが、江戸で収監中に病気が重態となり、牢から出されて旅籠での宿泊が許されたのですが、そのまま病死してしまいました。
そのため遺体は江戸深川の陽岳寺に埋葬され、墓もそこにあるのですが、伏見の人たちによって大黒寺にも墓が建てられたのです。
また、京街道からは少し離れていますが、伏見の大手通り(伏見城があった名残の道です)にある御香宮神社にも明治20年(1887)に勝海舟や三条実美らによって建てられた天明義民の碑があります。
ところでこの天明義民事件、実は政治的な目的をもって裁定されたという話もあります。
文殊久助らによる直訴が天明5年(1785)9年16月、小堀政方の失脚が同年12年26月、田沼意次の失脚が天明6年8月26日、田沼の政敵だった松平定信の老中就任が天明7年6月19日です。
この時系列から松平定信ら反田沼派が田沼意次を政府中枢から追い落とすことに、この伏見で起こった直訴事件を利用したとするのです。
小堀政方は田沼意次が政治の実権を握っている安永7年(1778)に伏見奉行となりました。
意次に引き立てられたといってもよいでしょう。
松平定信たちの意図はわかりませんが、そのような立場にあった小堀政方の失脚がのちの田沼意次の失脚にも影響を与えたことは確かなようです。
大河ドラマの中で伏見で起こったこの事件が扱われるのかどうかわかりませんが、五十七次を含めて東海道を歩いていると、ドラマなどに関連するものに出会うことがよくあるのです。
(歩き旅応援舎代表 岡本永義)
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