服部半蔵正成という戦国時代の武士がいました。
先祖は伊賀の地侍だったのですが、父の代に三河に来て松平清康に仕え、正成は清康の孫の徳川家康に仕えました。
時代劇などでは服部半蔵は「忍者」として扱われることが多いのですが、三河で松平・徳川家に長く仕えており、正成の代には他の家臣たちと同じような武士だったようです。

歌川芳虎画「徳川十六善神肖像図」に描かれた服部半蔵正成
国立国会図書館デジタルコレクションより

正成の死後、子の正就が跡を継ぎますが、なにかトラブルがあったらしく改易されてしまいます。

改易の原因については諸説あります。
配下の伊賀同心たちを自分の家臣のように扱って揉めたとか、将軍秀忠にお目見えのときに不手際があったとかいわれていますが、どうもはっきりしません。

改易された服部正就は、家康の弟の松平定勝に預けられますが、妻が定勝の娘だったこともあり、そのまま定勝の家臣になりました。

大坂の陣が始まると、正就は定勝の甥にあたる松平忠輝の陣に加わり戦死してしまいました。

正就が戦死してしまい、その弟の正重は家康の旗本でしたが、時期ははっきりしないものの半蔵の名を継いでいます。

ところがこの正重も改易されてしまい、その後松平定勝の子の松平定綱に拾われるような形で松平家の家臣となりました。
松平定綱は桑名藩主でした。
その下で服部家は家老職を代々務めるようになりました。

桑名城跡の石垣

桑名の松平家は定綱の孫にあたる定重のとき、野村騒動と呼ばれる事件が起こります。
下級武士から抜擢されて藩の財政改革を行っていた野村増右衛門が、藩内の保守派によって一族もろとも粛正されたという事件です。
このことは幕府から問責されるところとなり、宝永7年(1710)に桑名から越後の高田に移封となりました。
東海道の要地である桑名から、当時は米があまりとれなかった高田に領地が変わったというのは懲罰的な移封です。

寛保元年(1741)に松平家は高田から白河に移封となりました。
このときの藩主が松平定賢で、その孫にあたるのが田安徳川家から養子に入った松平定信です。

松平定信

松平定信は老中になり寛政の改革を行ったことで知られていますが、学問、特に儒学が大好きでした。
この松平定信が白河藩主のときも、家老は服部半蔵でした。

このころの服部半蔵は、服部日記と名乗っていた人物です。
家老という重職にあるばかりでなく、儒学者として非常に学識に長け、さらには書画の才能もあったそうです。
「日記」というのも学者としての号で、本名は服部半蔵正礼、日記を号したのは隠居後のことです。
学問に長じて書画もよくしたとなると、いかにも松平定信に気に入られそうな人物です。
でも、服部日記・・・、日々の出来事を記録したみたいで、人の名前っぽくありません。

白河の松平家は、松平定信が隠居後に定信のたっての希望によって、文政6年(1823)に桑名藩に復帰します。
家老だった服部家ももちろん桑名に移転しました。

そんなわけで、桑名には代々服部半蔵を名乗っていた服部家の墓所があります。

顕本寺

場所は顕本寺。
東海道桑名宿にある日蓮宗のお寺です。

顕本寺の日蓮聖人像

前述の服部正重や服部日記のお墓もあるはずなのですが、古いお墓は摩耗が激しくて文字がよく読めず、どれが誰のお墓やらわかりませんでした。

そんなわけで、残念ながらお墓の写真はありません。
機会を見て再チャレンジしたいと思います。

   

(歩き旅応援舎代表 岡本永義)

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