9月7日放送の大河ドラマ「べらぼう」では、ついに松平定信が老中首座となりました。
田沼意次の息のかかった幕臣たちの粛正が始まります。
ここで登場したのが若年寄の本多忠籌です。
本多忠籌って誰?
そもそも「籌」の文字の読み方がわからないので、ネット検索のしようがありません。
あの手この手で調べているうちに、「ただかず」と読むことがわかりました。
放送当日のうちに読み方がわかったなんて奇跡です。
天佑としかいいようがありません。
(具体的にどう調べたのかは内緒です。けっこうアナログな方法でした)
こんな難解な名前は本多忠籌だけかと思ったら、大名・幕臣の系図集である「寛政重修諸家譜」には加藤忠籌とか杉田忠籌という人も出てきました。
なんで?
難しい字がそんなに好きなの?
ちなみにマイクロソフトのIMEでは「ただかず」と入力して「忠籌」は出てきませんでした。
一方でATOKでは「ただかず」入力ですぐに変換されました。
日本の会社が作った日本語辞書ソフト、優秀です。
その「寛政重修諸家譜」によると、本多忠籌はあの「家康に過ぎたる武将」と称された戦国時代の猛将、本多忠勝の子孫です。
同書によると忠籌は泉藩主でした。
泉藩は現在のいわき市泉町ですから、松平定信が治めていた白河の約60キロ東にあたります。
同じ福島県内ですけど、そんなに近くはありません。
だからお隣さんのよしみってことはなかったと思われます。
そんな2人が知り合ったきっかけは、松平定信の方から本多忠籌の屋敷を訪ねたことにあるようです。
定信の回想録である「宇下人言」には、本多忠籌が「勇偉高邁にして真に英雄たることをしりて」定信から忠籌を訪ねたことが記されています。
本多忠籌は元文4年(1739)の生まれで、松平定信が老中になったのと同じ天明7年(1787)に若年寄となり、翌年には側用人になっています。
さらに寛政2年(1790)には老中格と順調に出世しています。
付け刃の知識で申し訳ありませんが、ウィキペディアによると当初は定信の寛政の改革の推進者の一人だったようですが、後には一橋治済とともに定信を失脚させたとあります。
さて、本多忠籌の江戸の屋敷ですが、寛政4年の地図で探しました。
忠籌の官職は弾正小弼から弾正大弼になっています。
この官職名を頼りに寛政4年の古地図を見ていたら、見つかりました。
屋敷の場所は和田倉門の目の前です。
ちょうど現在東京海上ビルの建て替え工事が行われている場所から新丸ビルがあるあたりにかけてです。
現在の大手町・丸の内近辺は老中や若年寄に就任した大名たちが屋敷を拝領した場所ですので、本多忠籌もこの地に屋敷があったのでしょう。
ちなみに老中になった松平定信も、本来の白河藩邸とは別に江戸城直近に屋敷をもらっています。
場所は現在の皇居外苑の松林があるあたり、「松平越中」と書いてある場所です。
本多忠籌の屋敷と松平定信の老中屋敷は近いです。
距離にして約400メートルです。
領地同士の60キロとは比べものになりません。
寛政の改革を助けながら後に定信の敵となる本多忠籌、今後もドラマの中で重要な役を担いそうです。
ところで、ドラマと直接関係ありませんが、忠籌の先祖の本多忠勝が初代藩主を務めた桑名は、隠居後の定信の願いによって松平家が移転した地でもあるのです。
東海道、本当に「なんでもあり」です。
(歩き旅応援舎代表 岡本永義)
【地図出典】国立国会図書館デジタルコレクション
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