実際に現地に行く、そして歩く。
すると見えてくるものがたくさんあります。
桶狭間合戦は織田信長が鳴海城を包囲し、大高城の補給路を断ったことが契機となって起こりました。
信長によって鳴海城の周囲には丹下砦、中島砦、善照寺砦が築かれ、鳴海城と大高城の間には丸根砦と鷲津砦が築かれました。

国土地理院地図に加筆
鳴海城を包囲していた3つの砦のうち、丹下砦と中島砦は鳴海城下を通る街道(後の東海道)を封鎖する形で築かれました。
ところが善照寺砦は唯一街道から離れた場所にあります。
この善照寺砦は、織田信長が桶狭間の今川義元本陣に向かう途中で立ち寄った砦でもあります。
街道から離れているこの善照寺砦、どういう目的で築かれたのでしょうか?
私が東海道をご案内するときには、鳴海宿では寄り道をして、鳴海城とこれを包囲する砦には必ず歩いて立ち寄っています。
こうするば見えてくるものがあるからです。

鳴海城の跡は東海道よりも少し高台になっています。
東海道の標高はおよそ3メートル、鳴海城の本丸跡である鳴海城跡公園は標高約14メートルのところにあります。

ここから鳴海城が東海道(この道が東海道になったのは江戸時代のことで、戦国時代はまだ東海道ではありませんでしたが、混乱を避けるために今後は「東海道」で統一します)を押さえるための城だったことがわかります。
敵対勢力が城下を通ろうとするときは、鳴海城を無力化しない限りは通過できないのです。そのような役割を鳴海城は担っていたと考えられます。

鳴海城は小丘陵の突端にある城です。
善照寺砦は鳴海城と同じ丘陵の尾根続きの場所に築かれました。

国土地理院の色別標高図に加筆
鳴海城から善照寺砦に行くには、けっこうな坂道を上ります。

ここが善照寺砦の跡地、現在は砦公園になっています。

この善照寺砦があった場所の標高は約26メートル。
鳴海城よりも12メートルも高いのです。
つまり信長は今川方の兵が籠もる鳴海城を見下ろせる場所に、善照寺砦を築いたのです。

これは織田軍からしてみると、砦から城の中の様子が見えるという利点があります。
逆に今川軍からしてみると、いつも砦の織田軍からこちらを見下ろされ、プレッシャーをかけられつづけているのです。
織田信長が善照寺砦を築いた意図、これは鳴海城内の敵の様子を知ることに加え、城内に圧力を加えて城兵に音を上げさせるのが目的ではないか?
私は現地を歩いてこれを感じました。
信長の戦略的思考、城攻めの思想を見た気がします。

信長は音を上げた城兵が降伏するか、城を明け渡して退去させるために善照寺砦を築いたのではないか、私はそう思います。
目論見通り鳴海城は、やがて音を上げてしまいました。
しかし結論は降伏・退去ではなく、今川義元に援軍を要請したのです。
そのため義元率いる大軍が来攻して、桶狭間合戦へと至ったのです。
織田信長が今川義元本人がやってくることまで予測していたかどうかはわかりませんが、現地に行き歩いたことで、織田信長という戦国武将の一端にふれたような気がします。
ところで今、砦公園には展望台があります。
まるで砦の見張り台のようです。

戦国時代の砦のように鳴海城が見えそうな気がしますが、残念ながら今はアパートがあるために、ここから鳴海城方面は見下ろせないのです。

(歩き旅応援舎代表 岡本永義)
最新のブログ記事
- 本能寺の変! 毛利との和睦と虎ノ門本能寺の変が起きたとき、羽柴秀吉はすぐに毛利輝元と和睦をしました。そのときに関わりのあるものが、銀座線の虎ノ門駅の近くで見ることができるのです。
- 砂山の六地蔵 元吉原の絶景スポット東海道の吉原宿は2度の移転の後に今の場所となりました。最初にあった場所は元吉原と呼ばれています。この元吉原には絶景スポットがあるのです。
- 浮島ヶ原の伝承 原宿~元吉原の新田の苦難東海道の原宿と元吉原の間には、浮島ヶ原と呼ばれる湿地帯がありました。江戸時代に新田開発が行われましたが、その開発は苦難を極め、多くの伝承を残すこととなりました。
- 桃里 不本意ながら改称した新田東海道の原宿から元吉原の間には10箇所の新田がありました。それらの新田の地名は今も使われているのですが、1箇所だけ地名が変更された新田があります。
- 山ノ神古墳・庚申塚古墳 「命塚」と呼ばれた古墳原宿から元吉原にかけての東海道の北側は、昭和40年ころまで湿地帯でした。その湿地だった場所に2つの古墳があります。命塚と呼ばれています。
東海道歩き旅イベント 参加者募集中
とにかく内容が濃く詳しい、それなのに参加費がリーズナブル。
それが歩き旅応援舎の東海道歩き旅イベントです。
「日帰りで歩く東海道」 日本橋~原宿を日帰りで歩きます。全15回
「京都まで歩く東海道」 原宿~三条大橋を一泊二日で歩きます。全18回
それぞれ月に1回ずつ歩いて、東京の日本橋から京都の三条大橋をめざすイベントです。
以下のイベントが参加者募集中です。途中からでもご参加いただけます。
このブログには書いていないことが、実際の東海道にはいっぱいあります。
もっとくわしくお話をしながらガイドがご案内いたします。
一緒に東海道を歩きませんか?
人生の宝となるような経験、そのためのお手伝いをいたします。
- 京都まであるく東海道 第8期 磐田~国府東海道歩き旅第7シリーズ
(2023年10月日本橋スタート)
開催日時
2026年
4月25~26日 磐田~高塚【受付終了】
5月23~24日 高塚~二川宿【受付終了】
9月19~20日 二川宿~国府
参加費 各回5500円
月に1回、一泊二日で歩く東海道五十三次の旅 - めざせ大阪! 京街道をゆく 第2回 淀宿~枚方宿開催日時
2026年9月22日~23日
参加費 7000円
大津で京都へ向かう東海道から分かれて、大阪へと向かう京街道を歩く2回目。国宝の石清水八幡宮、重要文化財の片埜神社、かつての遊廓など、多くの見どころにあふれる道を歩きます。 - 日帰りであるく東海道 第4期 国府津~元箱根東海道歩き旅第11シリーズ
(2025年10月日本橋スタート)
開催日時
2026年
10月3日 国府津~小田原宿
11月7日 小田原宿~箱根湯本
12月5日 箱根湯本~元箱根
参加費 各回3500円
月に1回日帰りで歩く東海道五十三次の旅 - 日帰りであるく東海道 第1期 日本橋~生麦東海道歩き旅第15シリーズ
(2026年10月日本橋スタート)
開催日時
2026年
10月4日 日本橋~品川宿
11月8日 品川宿~蒲田
12月6日 蒲田~生麦
参加費 各回3500円
月に1回、平日に日帰りで東海道五十三次を歩くイベント。日本橋を新規スタート。 - 日帰りであるく東海道Light 第3期 生麦~藤沢宿東海道歩き旅第12シリーズ
(2025年11月日本橋スタート)
開催日時
2026年
5月13日 生麦~保土ケ谷宿【受付終了】
10月7日 保土ケ谷宿~戸塚宿
11月4日 戸塚宿~藤沢宿
参加費 各回3500円
月に1回日帰りで歩く東海道五十三次の旅 - 日帰りであるく東海道 第1期 日本橋~生麦東海道歩き旅第14シリーズ
(2026年5月日本橋スタート)
開催日時
2026年
5月14日 日本橋~品川宿【受付終了】
6月11日 品川宿~蒲田【受付終了】
10月8日 蒲田~生麦
参加費 各回3500円
月に1回、平日に日帰りで東海道五十三次を歩くイベント。日本橋を新規スタート。












