嘉永6年(1854)の黒船来航が契機となって品川宿の沖に砲台が設けられました。
いわゆる「お台場」です。

当初は海を埋め立てた人工島を11基築き、そこを砲台とする予定でしたが、埋め立てに費用がかかりすぎたために途中で断念することとなりました。
結果として、第一、第二、第三、第五、第六の5つの台場が完成、第七台場が土台となる石を海中に沈めたところで中止、そして第四台場は石垣まで積んで7割方できあがったところで建設中止となりました。
そのため新たに地続きで御殿山下台場が造られました。

これらの7か所の完成・未完成の台場は、昭和30年代の東京湾の埋立地の造成によって、第一、第四、第五台場、そして海中の土台だけだった第七台場は埋め立てによる人工島の一部となって地中に埋没しました。
海の埋め立てによって航路が狭くなり、第二台場は解体されて海中に没しました。
このような経緯で、現在残っているのはお台場海浜公園と陸続きになった第三台場と、いまも海中に浮かんで保存のために立ち入り禁止となっている第六台場だけなのです。


未完成に終わった第四台場は埋立地である港区港南2丁目、現在は通称天王洲アイルの一部になっています。
天王洲アイルの北西角には大型複合施設のシーフォートスクエアがあります。

ここが第四台場の跡地です。
この敷地の下に幕末に築かれた未完成の台場が埋まっています。

天王洲アイルは昭和の終わりころから始まった再開発によって、島の周囲すべてに木道あるいは木道風の遊歩道が設置されました。
シーフォートスクエアに面したところにもあります。

シーフォートスクエアの前に架かる天王洲大橋の上からこの遊歩道の方を見ると・・・

なんと遊歩道の下には石垣が!
実は第四台場は、石垣が露出した形でシーフォートスクエアの下に埋もれているのです。
台場は海中に築かれているため、入口には船着き場が築かれていました。
これは明治24年の地図にある第四台場にも描かれています。

矢印の部分が台場の入口です。
この部分だけ石垣が二重に築かれていますが、この石垣と石垣との間が台場の中へと向かう通路だったのです。
そしてシーフォートスクエアの遊歩道の形を見てみると・・・


この図の赤線を引いた部分と形が一致します。
つまり見えている石垣は、第四台場の入口の石垣の片側のものなのです。
ただ、第四台場は明治時代に造船所として転用されていたことがあります。
また、シーフォートスクエアを建設するにあたっても、手が入ったことが考えられます。
たしかに現存している第三台場の石垣と、シーフォートスクエアにある石垣は少し形が異なります。


シーフォートスクエアの石垣には、本来なかったはずの3段の石垣もあります。

こうしてみると、現在見られる石垣のうち、第四台場の石垣は一部だけで、それ以外の部分は後年に付け足されたり積み直されたりした可能性が高いものです。

第四台場の石垣は、東京モノレールとりんかい線の天王洲アイル駅のすぐ近くです。
いまも見られる幕末の台場の石垣、よく見るといろいろなことがわかるのです。
(歩き旅応援舎代表 岡本永義)
【参照文献】
品川区歴史館編「品川台場と江川英龍」
国土地理院旧版地図 明治24年発行旧2万分の1「品川驛」
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