大河ドラマ「豊臣兄弟!」を見ていたら、織田信長によって上洛を果たした足利義昭が最初に御所とした本圀寺が出てきました。

「本圀寺」という字になったのは江戸時代だという話もありますので、それに従うと戦国時代には「本国寺」だったようです。

この本国寺、京都のどこにあったのかといいますと、昭和30年発行の地図には西本願寺の上に大きな寺院があり、これが「本圀寺」だと描かれています。

現在の地図に置き換えるとこの範囲です。

昭和30年の地図に描かれている本圀寺の範囲(赤)

これだけ大きな境内をもっていた本圀寺ですが、現在はありません。
どうなったのかといいますと、日蓮宗のポータルサイトによると、昭和44年に移転したということなのです。

それでは本圀寺はどこに行ったのかといいますと、実は東海道五十三次の旅ではお馴染みの場所の近くに移転していました。

天智天皇陵

山科にある天智天皇陵です。
奈良から大津に都を移した天智天皇は、大津から近い山科に葬られたとされています。

この天智天皇陵の裏手には、琵琶湖疎水が流れています。

天智天皇陵裏の琵琶湖疎水

現在の本圀寺は、天智天皇陵から琵琶湖疎水を隔てた北側にあるのです。

現在の本圀寺の位置

天智天皇陵も琵琶湖疎水も東海道を案内する上で必要だと思い、天皇陵の裏側へと回り疎水沿いも歩いてきたのに、本圀寺がなんたるかを知らずに帰ってきたのは全くの不覚でした。

時間を見つけて本圀寺も訪れようと思います。
訪問がかなったら追記いたします。

   

(歩き旅応援舎代表 岡本永義)

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