東海道31番目の宿場である新居宿を訪れたら、ほとんどの人が新居関所と旅籠紀伊国屋を見学されることと思います。
新居関所と紀伊国屋を過ぎると、東海道は新居宿の飯田本陣に突き当たり、ほぼ直角に曲がって南に向かいます。

東海道を旅する人たちもここで曲がって南へと向かう人が多いようです。

でも本陣の裏側へとつづく道へ入ってみてください。
ここには寺院が並んでいて、「寺道」と呼ばれています。
この道がおもしろいのです!

新居関所と紀伊国屋だけ見て行きすぎてはもったいない、新居宿の寺道の面白さを紹介します。
真福寺

創建年不明の天台宗寺院でしたが、天正元年(1573)に曹洞宗になりました。
織田信長が朝倉義景と浅井長政を攻め滅ぼしたころのことです。
江戸時代初期に新居宿が駿府藩の徳川頼宣(後に紀伊和歌山に移り紀伊徳川家の祖となった)の領内だったころに、駿府藩の代官として赴任してきた彦坂文右衛門によって再興された寺院です。
彦坂文右衛門は寛永17年(1640)に没し、真福寺に葬られました。

もともとはもっと南の海沿いにあった新居宿は、宝永4年(1707)の地震と津波によって壊滅的な被害を受けて現在地に移転しましたが、真福寺も文右衛門の墓とともに移転しています。
臨海院

もとは新居宿の南の日ヶ崎に永享8年(1436)に創建された天台宗寺院でした。
当初は日ヶ崎隣海院という名称だったといいますから、おそらく海に面していたのでしょう。
室町時代の明応7年(1499)、地震で浜名湖が海とつながったときの水害で被害を受け、翌年に新居に移転したと伝わります。
慶安元年(1648)には曹洞宗になりました。

山門の梁に赤い木像が置かれています。
怖い顔をした像ですが、「ジキジキ様」と呼ばれる謎の像です。
参詣者が門をくぐるときにその邪心を祓うといわれています。
この寺も宝永4年の水害によって移転しています。
本果寺

創建年が不明で、なんと寺の名前まで不明の真言宗寺院でした。
これを南北朝がもうする終わる北朝の明徳元年、南朝の元中7年(1390)、日歳大徳上人が法華宗にあらため、寺の名を本果寺としました。
東海道は浜名湖の今切の渡しを船で渡りますが、舞阪宿の船着場を築いた野口久可の墓があります。
野口久可はもともとは回船業を営んでいましたが、舞阪の船着場を築いたことで新居に招かれ、新居宿の南の橋本の新田開発を行いました。

そのまま新居に住み続け、死後は本果寺に葬られました。
日歳上人が病気になったときに、小僧が栄養のあるものを食べさせようと買ってきた鯛が、信心のないものには経文に見えたという「お経に化けた鯛」の話が伝わっています。
神宮寺

応永2年(1395)に創建されたと伝わる臨済宗方広寺派寺院です。
かつて新居関所の役人たちが住んでいた北屋敷にあった関所稲荷が境内に再建されています。
また、本堂前には鯖弘法大師像という若干ユーモラスな弘法大師の石像があります。
諏訪神社

景行天皇(ヤマトタケルの父親)の19年に創建と伝わります。
もともとは猿田彦を祭神とする神社だったようですが、天正年間に諏訪大社の分霊を合祀したことで諏訪神社となりました。
諏訪大社の祭神である建御名方は狩猟や漁業の神なので、新居宿が漁業を営んでいたことと関わりがあるかもしれません。

境内には樹齢500年以上ともいわれるケヤキの古木がありますし、7月に催される祭礼では手で持った筒から火花が上方に噴き上げる手筒花火が奉納されます。
竜谷寺

もともとは佐鳴湖の西に貞和元年(1345)に創建された臨済宗妙心寺派寺院です。
寛文5年(1665)に新居宿に移転し、宝永4年の水害を受けて翌年に現在地にふたたび移転しました。
新居宿の油問屋で国学者として知られていた高須家一族の墓があります。
高須家は新居宿に大正時代まであった油問屋若林屋の主人で、6代元尚は本居宣長の門人で白須賀宿の国学者夏目甕麿と同門、7代葦根は宣長の後継者で養子の本居大平に入門し、ついで夏目甕麿に入門しました。

8代葛根は掛川宿近くの伊達方に住んでいた国学者石川依平に入門し、戊辰戦争のときには新政府軍に食糧と金100両を献納し、明治になってからは県会議員も務めました。


いずれも東海道沿い
なお、現在の龍谷寺は新居宿で「婚活の寺」として知られています。
新居宿に行ったら本陣の裏手、寺道がお勧めです。
(歩き旅応援舎代表 岡本永義)
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月に1回、平日に日帰りで東海道五十三次を歩くイベント。日本橋を新規スタート。












