山崎合戦の後、明智光秀は落ち武者狩りに遭って死にました。
京都市内に入った東海道沿いには、明智光秀の塚と呼ばれている祠があります。
ここは明智光秀の首が埋葬されていると伝わる場所です。

なぜここが明智光秀の首塚と呼ばれるようになったのでしょうか?
→この記事は「明智光秀の首塚 東海道沿いの伝承」のつづきです。
祠に立ててある説明板には、光秀の家臣が首を埋めたと書いてあります。
でもこれは伝承にすぎません。
光秀の死については、リアルタイムで経験した人たちが書いた「言経卿記」「兼見卿記」「多聞院日記」蓮成院記録」やルイス・フロイスの書簡、広島の浅野家に残された浅野家文書などに記されています。
「一揆に殺された」「自害した」「土民に首を切られた」「藪の中で百姓に首を拾われた」などと書かれています。
留意すべきはいずれも光秀殺害の現場を見て書いた人は1人おらず、人づてに聞いた噂話を書き留めたにすぎないということです。
光秀の死の状況について、少しずつ話が異なるのはそのためでしょう。
「光秀の首」と思われるものは、やがて胴体とともに京都に運ばれてきて、織田信孝のもとに渡りました。
「言経卿記」「兼見卿記」「多聞院日記」それにルイス・フロイスの書簡に、表現に多少の違いはありますが、首は胴体とともに京都に運ばれて織田信孝に引き渡され、まず本能寺に晒され、その後胴体とともに粟田口で晒されたと書かれています。

最初に首がさらされた本能寺は、明智光秀の襲撃を受けて焼失していますので、その焼け跡のことでしょう。
織田信孝も羽柴秀吉も光秀とは面識があったはずですから、判別不能なほど破損した状態でないならば光秀本人の首で間違いなさそうです。
これらの記述はすべて京都でのできごとであり、記述者が実際に見たか、直接見た人から聞いて書いた可能性が高いです。
光秀が死んだ状況や胴体が醍醐・山科あたりに埋葬された話と比べると、かなり真実性が高いといえるでしょう。
その後光秀の首は織田信孝の指示によって粟田口に首塚が築かれ、光秀の重臣斎藤利三の首などとともに埋葬されました。
これについては「言経卿記」には「粟田口」、「兼見卿記」には「粟田口の東」と書いてあり若干の違いがありますが、粟田口近辺に埋葬されたことは間違いなさそうです。
粟田口とは東海道の京都の入口のことです。
けっこう広い範囲を指して、蹴上げから神宮通り辺りまでを粟田口と呼びます。
先の記事に書いた「明智光秀の塚」も粟田口の近くにあります。

国土地理院地図に加筆
場所は東海道が白川橋を渡るところで、白川沿いに南に入ったところです。
ちなみにここは粟田口の西にあたり、「兼見卿記」の記述とは矛盾します。
天明7年(1787)に発行された「拾遺都名所図会」には、この首塚が「明智光秀塚」として載っています。
「光秀が頭(くび)を此所に梟し所なり。近年明田氏という人此地に住しが、今又白川橋三條の南へ古墳と共に遷す」
どうやら粟田口にあった首塚が、江戸時代の後期に移転したもののようなのです。
それが本当ならば、家臣が知恩院に行けずに埋葬した話は、どうやら後から創られた話だと考えられます。

光秀の首が埋められた塚が移されたと考えられる路地の奥の祠、現在はすぐ近くにある得浄明院によって管理されています。
(歩き旅応援舎代表 岡本永義)
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