「国破れて山河あり 城春にして草木深し」
中国は唐の時代の詩人、杜甫の「春望」です。
殷賑を極めていた長安は、安禄山の反乱によって城は崩され町は破壊され、廃墟と化してしまいました。
かつて華やかだった都は、いまや草木が生い茂る荒廃の地となっていたのです。
そのような情景を詠んだ詩が「春望」です。
一方の日本。
天智天皇が西暦667年に、飛鳥から都を移した地が大津京でした。
平安京が都となるよりも、ずっとずっと前のことです。
大津とは「大きな湊」を意味します。
古代日本のカリスマ指導者であった天智天皇は、琵琶湖の沿岸に湊を持つ新たな都を開いたのです。
場所は大津市錦織付近、現在の近江神宮前駅周辺です。
この地に都があった跡は、今もあちこちから発掘されています。


しかし大津京は遷都から5年後、西暦672年に天智天皇崩御した直後に起こった壬申の乱によって破壊されてしまいました。
乱に勝利した天武天皇は飛鳥浄御原宮を宮殿とし、都は再び飛鳥に戻りました。
大津京の跡地には説明や案内表示がありますが、その中に柿本人麻呂の絵があります。


オー! マイガッ!
となっています。
柿本人麻呂は、大津宮の跡を通ったときにその情景を歌に詠んでいます。
長いので後半だけ掲載します。
さざなみの大津の宮に天の下 知らしめしけむ天皇の
神の尊の大宮はここと聞けども
大殿はここと言えども 春草の繁く生いたる
霞立つ春日の霧れるももしきの 大宮処見れば悲しも
柿本人麻呂も、荒廃したかつての都が春になり草木が生い茂る様子を詠んだのです。
人麻呂からすれば荒廃したかつての都を見た気持ちは、まさに「オー! マイガッ!」だったのでしょう。
「春望」と内容がほぼ同じですが、安禄山の乱は壬申の乱の約100年後に起きていますので、人麻呂が杜甫の詩を引用したのではありません。
柿本人麻呂は生年が不明で、石見国(現在の島根県)のどこかで西暦710年ころに没したとされています。

国立国会図書館所蔵「三十六歌仙」より
「歌聖」と呼ばれる人麻呂ですが、下級官吏であり中央での出世は望めず、最後は赴任先で生涯を終えたという説が有力です。
生まれた年がわからず、没したときは60歳だったとも72歳だったとも説が分かれています。
大津に都があった時代にはまだ少年だったとしたら、大津が華やかだったころのことは知らないはず、一方で青年だったとしたら大津で宮廷に仕えていた可能性もあります。
荒廃した大津京の跡地を詠んだ歌も、実際に大津の都を知っていて詠んだのか、あるいは見ていないけれども詠めるところが天才たる由縁なのか、なんとも判断しかねるところです。

(歩き旅応援舎代表 岡本永義)
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