天正10年(1582)、本能寺の変が起こりました。
織田信長は京都の本能寺に宿泊中に、その重臣の明智光秀に襲われて自害しました。

この知らせは備中で毛利輝元と戦っていた羽柴秀吉のもとに伝えられ、秀吉は急ぎ毛利と和睦を結び、畿内へと取って返しました。
いわゆる「中国大返し」です。
そして明智光秀を倒し、その後の織田家の内紛を勝ち残って、豊臣秀吉になったことはよく知られたところです。
ところで毛利との和睦のとき、お互いがこれを破って相手をだまし討ちにしたいため、人質が交換されました。
毛利から羽柴の陣営には宍戸某が人質に行きました。
かわいそうに名前がわかりません。
羽柴から毛利へは、秀吉のもとにいた武将の森高政が人質に行きました。
なお、Wikipediaの情報で恐縮ですが、このときはまだ「高政」と名乗っていなかったそうです。
ただ、ここでは「高政」で通します。
現代の戦争では停戦の覚書を全然守らない国もありますが、このときは毛利も羽柴もきちんと約束を守りました。
そのため森高政も無事に羽柴陣営に戻っています。

国立国会図書館デジタルコレクションより
※著作権フリーのものを使用しているため白黒です。
カラーのものはこちらからご覧になれます。
ところが高政は、人質の間に毛利輝元にたいそう気に入られたようなのです。
そして輝元は秀吉を介して、高政に毛利姓を与えています。
「もり」と「もーり」は読みが同じだからだそうです。
ちょっとちがうような気がしますが、いずれにせよこれ以降、森高政は毛利高政を名乗ることとなりました。
毛利高政は秀吉が柴田勝家と戦った賤ヶ岳合戦でも戦功を挙げ、ずっとのちの朝鮮の役のときには軍監を務めました。
関ヶ原合戦のときには徳川家康に味方し、江戸時代には豊後佐伯の大名となりました。
毛利高政の家紋は矢羽根が1本です。
これを一本矢の家紋といいます。
江戸時代末ころに発行された江戸の地図「金鱗堂尾張屋板江戸切絵図」では、現在の西新橋に一本矢の家紋が描いてあります。

家紋が描いてあるところは大名の上屋敷です。
毛利家の上屋敷が西新橋にあったことがわかります。
ところで虎ノ門駅のすぐ近くには、いまでもこの一本矢が描いてあります。

文部科学省の敷地内に残っている、江戸城外堀の石垣です。
ここに一本矢の家紋が刻まれているのです。
これは大名の刻印です。
江戸城外堀の石垣は幕府が多くの大名たちに命じて築かせました。
大名たちは伊豆で石を切り出し、それを江戸まで運んで石垣を築きました。
隣同士の作業場で石垣を築くものですから、大名たちは自分たちの石だとわかるように、石を切り出すとすぐに印を付けました。
それが刻印です。
刻印は家紋であることもあり、別の印であることもあります。
毛利家では家紋を刻印として石垣の石に刻んだのです。
この石垣を築いたのは高政の孫にあたる毛利高直です。
ただしこのとき高直は6歳でしたから、家臣たちが主導して石垣を築いたのでしょう。

地下鉄銀座線の虎ノ門駅の11番出口を出たところに、文部科学省敷地内の石垣はあります。
いつでも誰でも見ることができます。
現物を見れば書籍や時代劇でしか知らなかったことが、一気に現実味を帯びて迫ってきます。
(歩き旅応援舎代表 岡本永義)
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