09小田原宿
上杉龍若丸の墓 山王小学校前の五輪塔群
2026年3月19日
小田原には上杉神社と呼ばれている祠があります。祠の中にある五輪塔は上杉龍若丸の墓と伝わっています。神社の壁面の掲示にはその経緯が書いてあるのですが・・・
萬松院の五輪塔 松平信康? 大沢正秀? の墓
2026年2月1日
東海道にある風祭の一里塚の跡の近くに萬松院というお寺があります。その境内には五輪塔は徳川家康の長男信康のものとも、鵜沼城主だった大沢正秀のものとも伝わる五輪塔があります。
一柳直末の墓 全部で3箇所、箱根に2箇所ある墓の謎
2025年3月11日
箱根西坂の山中城では、1590年に小田原へと進む豊臣秀吉の軍と阻止しようとする北条軍との間で激戦が起こりました。そのとき豊臣軍の先鋒として戦死した一柳直末のお墓の話です。
箱根の名物石 石畳の道に江戸時代からある石
2025年1月28日
東海道五十三次の歩き旅のうち、箱根の道は山の中の石畳の道でした。そこで道端の大きな石には名前が付けられ、江戸時代には箱根の名所にもなっていたのです。それらの石は今はどうなっているでしょう?
箱根七曲がり 連続ヘアピンカーブはいつできた?
2025年1月28日
東海道五十三次の歩き旅で箱根にさしかかると、急坂に急カーブが連続している場所があります。箱根の七曲がりです。箱根の道の険しさの象徴のようなこの七曲がりですが、江戸時代からあったわけではないのです。
畑宿の一里塚 発掘調査で復元された一里塚
2025年1月25日
東海道五十三次には、一定の距離ごとに一里塚が設置されました。箱根の東坂にある畑宿の町のはずれにも、一里塚があります。立派な一里塚ですが、実は復元されたものです。
箱根の石畳 東海道五十三次最大の難所の実情は?
2025年1月21日
東海道一といわれる難所である箱根は、江戸時代の石畳が残っていることで知られています。実際に歩いた感じでは、道の半分ほどは石畳です。でも本当は・・・
正眼寺 東海道沿いある曾我兄弟の墓
2025年1月16日
箱根宿に向けて坂道がつづく東海道。その途中に曾我兄弟のお墓があります。あまり目立たないお墓なのですが、なぜここに曾我兄弟の墓があるのかを探りました。









