08大磯宿

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吾妻神社  なぜ二宮町にヤマトタケルの伝説があるのか?

二宮町に入った東海道を歩いていると、吾妻神社の鳥居があります。ここが参道入口で、吾妻山を登ったところに神社があります。ヤマトタケルの妻を祀ったこの神社、その由緒とは?

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等覚院  「藤巻寺」と呼ばれる二宮町の真言宗寺院

二宮町にある等覚院は「藤巻寺」の異名のあるお寺です。徳川家光や仁和寺宮も鑑賞した藤とは、どのような花なのでしょうか。

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国府本郷の一里塚跡  大磯の西にもあった一里塚の跡

東海道には一里塚が設置されていました。大磯宿の西にもありました。一里塚の説明板が設置してあります。でも本当に一里塚があったのはここではなくて・・・

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大磯切通し  戦国武将はなぜ大磯に陣を布くのか?

東海道大磯宿から西へと歩いて行くと、道が切通しを通ります。江戸時代前期にはすでにあった切通し。この切通しのおかげで大磯は戦国時代の重要地になりました。

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鴫立庵  西行ゆかりの大磯宿最大の観光名所

江戸時代初期に成り立った鴫立庵は、江戸時代の東海道大磯宿で最大の観光スポットでした。現在も年間1万人もの人が訪れる鴫立庵を簡単に紹介します。

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海水浴発祥の地  混浴禁止?! 医療行為?! 大磯の初めて物語

日本最初の海水浴場が開かれたのが、かつて東海道の宿場として賑わっていた大磯でした。でも、当初の海水浴はいまとはだいぶ様子が違っていたようです。

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榮太樓の別荘  日本橋の老舗が大磯宿に築いた別荘

日本橋の南詰にある和菓子の老舗榮太樓総本舗。この店の主人の別荘が大磯宿にあったのです。今も残るその遺構とは?

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新島襄終焉の地  ちがう、そこじゃない。本当の終焉の地とは?

大磯宿には同志社大学の創始者、新島襄の終焉の地の碑があります。この地にあった百足屋旅館で療養中に病死したのですが、碑のある場所は実は・・・

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国府祭  丁髷塚の物語の舞台にもなった祭礼の場所へ

相模国総社である六所神社では、5月5日に国府祭という変わった祭りが行われます。馬入橋のたもとにある丁髷塚とも関わりがある国府祭り、その行われる場所を訪れました。

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化粧坂  江戸時代以前の宿場と曾我十郎と虎御前の物語

大磯宿の東の入口近くにある緩い坂道が化粧坂です。江戸時代以前はここに大磯宿があったとされています。曾我十郎と虎御前の物語もある坂道を紹介します。

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