東京町歩き

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大津と草津  信長が副将軍の代わりに欲したもの

足利義昭を将軍位に就けた後、織田信長は堺、大津、草津に代官を置くことを義昭に要望したという話があります。豊かな湊だった堺はともかく、大津と草津を欲したのはなぜでしょう?

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本能寺の変!  毛利との和睦と虎ノ門

本能寺の変が起きたとき、羽柴秀吉はすぐに毛利輝元と和睦をしました。そのときに関わりのあるものが、銀座線の虎ノ門駅の近くで見ることができるのです。

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織田信長は生きている?!  信長が逃げた膳所とは?

本能寺の変の直後、羽柴秀吉は「信長は膳所で生きている」と手紙に書いています。武将たちを味方に付けるための秀吉のウソなのですが、ここに出てくる膳所とはどんなところでしょう?

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京街道整備の契機?  地形から見た山崎古戦場

羽柴秀吉と明智光秀が戦った山崎合戦。その古戦場は京街道から淀川対岸に見晴らすことができます。山と川との間に西国街道が通る軍事上の要地でした。

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本宿の代官屋敷  柴田勝家の子孫はどうなった?

織田信長の重臣だった柴田勝家は、豊臣秀吉と戦って滅ぼされました。しかしその子孫は徳川家の旗本として存続しています。東海道沿いには柴田家が設けた代官所の建物が残っています。

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松平定信の布団部屋  白河藩のふたつの屋敷

大河ドラマ「べらぼう」において、松平定信は融通が利かない堅物として描かれる一方、辛いことがあると布団部屋に行って泣くという性格描写がされていました。それではその布団部屋、どこにあったのでしょう?

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蔦重の仲間たち  絵師や戯作者たちの墓所

2025年のNHK大河ドラマ「べらぼう」は、これまでなじみの薄かった版元の蔦屋重三郎とその周辺にいた絵師や戯作者たちを描いたドラマでした。彼らの永眠の地を訪れます。

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役者を描いた東洲斎写楽  当時の芝居小屋を古地図でめぐる

大河ドラマ「べらぼう」第46回には東洲斎写楽誕生秘話が描かれました。そこで「写楽」は芝居役者たちを描いています。彼らのいた芝居小屋はどこにあったのでしょう?

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蔦重と京伝の処罰  北町奉行所はどこにあった?

大河ドラマ「べらぼう」第39回では蔦屋重三郎と山東京伝が処罰をされる場面が出てきました。このとき2人が拘束された小伝馬町の牢屋敷と北町奉行所はどこにあったのでしょう?

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恋川春町と平秩東作  新宿にある「べらぼう」登場人物の墓

大河ドラマ「べらぼう」の登場人物である恋川春町と平秩東作が、第36回で退場してしまいました。この2人のお墓を新宿に訪ねます。

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