2024年1月1日に起こった能登半島地震では、甚大な被害が報告されています。
歩き旅応援舎でも少しでもお役に立ちたいと、当舎オリジナルのトートバッグ・Tシャツの売上金の50%を石川県が募金している能登半島地震にかかる義援金に寄付するチャリティー販売を行ってまいりました。
趣旨に賛同していただいたみなさまにトートバッグとTシャツのお買い上げいただき、あるいはご寄付をいただいたお客様もいらっしゃり、売上金の50%と合わせた額が1万円を超えました。これに当舎からも拠出して切りのよい額として、3月12日に石川県東京事務所へ赴き寄付をしてまいりました。
お買い上げいただいた商品は以下のとおりです。
Tシャツ 3枚
トートバッグ 6枚




けっして人気があるとは言えず苦しい経営がつづいている当舎ですが、それでも今まで存続することができたのは、困ったときに手を差し伸べてくださった方々がいらっしゃったからです。これについては、社会に対して恩返しをしないといけないと常々思っておりました。今回は何人もの方々のご協力で、些少とはいえ社会への恩返しがかなったと思っております。ご協力いただいたみなさまには、こころより感謝いたします。
今後も自分が多くの人たちに支えられてここまで来られたという事実を忘れず、これからも機会をみつけて社会への恩返しはつづけてまいります。
(歩き旅応援舎代表 岡本永義)
最新のブログ記事
- 天王洲アイルの石垣 幕末の第四台場跡幕末に築かれた品川台場のうち、未完成に終わった台場があります。この第四台場は、海の埋め立てによって現在は天王洲アイルの一部となっています。
- 御殿山下台場 幕末に築かれた品川の砲台幕末の黒船来航を受けて、幕府は品川沖の江戸湾に台場を建設しました。そのうちの1つ、品川と陸続きだった御殿山下台場の跡を訪れます。
- 萬松院の五輪塔 松平信康? 大沢正秀? の墓東海道にある風祭の一里塚の跡の近くに萬松院というお寺があります。その境内には五輪塔は徳川家康の長男信康のものとも、鵜沼城主だった大沢正秀のものとも伝わる五輪塔があります。
- 桶狭間合戦での織田信長本陣 善照寺砦とは?桶狭間合戦の契機となった鳴海城の包囲戦。鳴海城を包囲するために織田信長が築いた砦の1つに善照寺砦があります。街道を封鎖するわけでもない善照寺砦、どのような目的で築かれたのでしょう?
- ふたつの桶狭間 2か所にある古戦場跡地織田信長が少数の兵をもって大軍を率いて攻めてきた今川義元を破った桶狭間合戦。その古戦場については江戸時代から伝わる場所と昭和になってから称えられるようになった場所の2か所があります。その経緯とは?






