2023年4月25日
最近、お客様から聞いた話があります。
「以前に旅行会社の東海道ツアーに参加したとき、桑名で金属でできた大きな鳥居を見たんです。そのときガイドさんが鳥居のへこみを指さして、船がぶつかった跡と言ってたんです」
桑名で大きな鳥居といったら、七里の渡し場にある伊勢神宮の一の鳥居と、桑名宗社の前にある青銅製の鳥居が思い浮かびます。


金属製といったら桑名宗社ですが、これは内陸にあります。船がぶつかるといったら、海に近い七里渡しの鳥居のように思われますが、こちらは木製です。
???
「桑名の金属の鳥居だったら桑名宗社という神社にありますけど、船がぶつかるようなところじゃないですよ。どこか別の場所とお間違えじゃありませんか」
とりあえずお客様にはこう返事をしました。
ところが後日、そのお客様からメールをいただきました。
そこには船がぶつかった鳥居について、もう少し詳しく書いてありました。
お客様を案内した旅行会社のガイドさんは「伊勢湾台風のときに洪水で船が流れてきて、鳥居にぶつかった跡」と言ったそうなのです。
伊勢湾台風と言ったら、昭和34年9月26日の夜に紀伊半島に上陸した台風で、日本史上最大の被害を出した台風です。
桑名でも高潮によって大きな被害を出て、七里の渡し場の隣にあった住吉神社の灯籠や狛犬などの石造物がながされたという話は私も知っていました。
伊勢湾台風のときなら、内陸にある桑名宗社の鳥居に流されてきた船がぶつかることもありえるでしょう。
これは桑名の町を語る上で、なかなか興味深い話です。次に桑名宿をご案内したときのネタに使えそうです。
ただし私もガイドを仕事としてお金をいただいている以上、聞きかじった話をそのまま使うわけにはいきません。
きちんと裏付けを取った上で正確な話をお客様にお伝えするのが、私たちガイドの仕事なのです。
さっそく裏付け作業に入ります。こういうときに便利なのが、国立国会図書館デジタルコレクションです。
すると簡単に伊勢湾台風の被害についてヒットしました。

「桑名市史補編」に桑名宗社の鳥居の被害が、写真付きで載っていました。

ぶつかったどころか、鳥居が木っ端みじんになっています。そして鳥居の横に小さな船が写っています。(上記写真はいずれも国立国会図書館デジタルコレクション掲載「桑名市史補編」より)
本文を読むと、「漁船一隻が流れついていたので、船が突き当たって倒したように見受けられもしたが誰も見届けたものはいない。」と書いてあります。
聞いた話とちょっとちがって、船が当たったかどうかはわかりませんでしたが、それが推測される状況にあったようです。
お客様、「別の場所と間違えじゃないか」なんて言ってごめんなさい。
ところで、この伊勢湾台風で壊れた鳥居ですが、この鳥居を寛文7年(1667)に製作した辻内善右衛門の子孫の方が経営する辻内鋳物鉄工株式会社で修理されたそうです。
そして今は昔ながらの姿を東海道で見せています。

この桑名宗社の鳥居は、その立派さから里俗に「勢州桑名に過ぎたるものは、金(かね)の鳥居に二朱女郎」と詠われたものです。鳥居と女郎を並べるのはむむむ・・・といったところではありますが、東海道では有名な鳥居だったことは間違いありません。
ところで上に載せた写真は鳥居を前方から撮ったもので、背後には桑名宗社の楼門が写っています。
「桑名市史補編」の写真とは撮影方向が逆になります。
そこで「桑名市史補編」と同じ方向で写真を撮ってみました。

伊勢湾台風で壊れた鳥居の写真は、桑名宗社の内側から鳥居の外側に向かって撮影されていました。
ちょうどこの方向です。
鳥居の右に石塔がありますし、背後が人家で・・・
え?
この人家、伊勢湾台風の写真にも写ってる?

なんと伊勢湾台風の高潮にも耐えた人家が、鳥居の前に今も現存していたのです。
すごい!
台風から65年も経っているのに
台風の高潮に遭っているはずなのに
今も家として使われている!
すごい!
台風で被災した家屋が現在まで残っているということは、この家屋の所有者の方もなみなみならぬご苦労があったことでしょう。
今回は思わぬところで思わぬ発見をする結果となりました。
(歩き旅応援舎代表 岡本永義)
最新のブログ記事
- 天王洲アイルの石垣 幕末の第四台場跡幕末に築かれた品川台場のうち、未完成に終わった台場があります。この第四台場は、海の埋め立てによって現在は天王洲アイルの一部となっています。
- 御殿山下台場 幕末に築かれた品川の砲台幕末の黒船来航を受けて、幕府は品川沖の江戸湾に台場を建設しました。そのうちの1つ、品川と陸続きだった御殿山下台場の跡を訪れます。
- 萬松院の五輪塔 松平信康? 大沢正秀? の墓東海道にある風祭の一里塚の跡の近くに萬松院というお寺があります。その境内には五輪塔は徳川家康の長男信康のものとも、鵜沼城主だった大沢正秀のものとも伝わる五輪塔があります。
- 桶狭間合戦での織田信長本陣 善照寺砦とは?桶狭間合戦の契機となった鳴海城の包囲戦。鳴海城を包囲するために織田信長が築いた砦の1つに善照寺砦があります。街道を封鎖するわけでもない善照寺砦、どのような目的で築かれたのでしょう?
- ふたつの桶狭間 2か所にある古戦場跡地織田信長が少数の兵をもって大軍を率いて攻めてきた今川義元を破った桶狭間合戦。その古戦場については江戸時代から伝わる場所と昭和になってから称えられるようになった場所の2か所があります。その経緯とは?
東海道歩き旅イベント 参加者募集中
とにかく内容が濃く詳しい、それなのに参加費がリーズナブル。
それが歩き旅応援舎の東海道歩き旅イベントです。
「日帰りで歩く東海道」 日本橋~原宿を日帰りで歩きます。全15回
「京都まで歩く東海道」 原宿~三条大橋を一泊二日で歩きます。全18回
それぞれ月に1回ずつ歩いて、東京の日本橋から京都の三条大橋をめざすイベントです。
以下のイベントが参加者募集中です。途中からでもご参加いただけます。
このブログには書いていないことが、実際の東海道にはいっぱいあります。
もっとくわしくお話をしながらガイドがご案内いたします。
一緒に東海道を歩きませんか?
人生の宝となるような経験、そのためのお手伝いをいたします。
- 日帰りであるく東海道 第4期 国府津~元箱根東海道歩き旅第9シリーズ
開催日時
2026年
1月17日 国府津~小田原宿【受付終了】
2月21日 小田原宿~箱根湯本
3月21日 箱根湯本~元箱根
参加費 各回3500円
月に1回日帰りで歩く東海道五十三次の旅 - 京都まであるく東海道 第7期 岡部宿~磐田東海道歩き旅第7シリーズ
開催日時
2026年
1月24~25日 岡部宿~島田宿【受付終了】
2月28~3月1日 島田宿~掛川宿
3月28~29日 掛川宿~磐田
参加費 各回5000円
月に1回、一泊二日で歩く東海道五十三次の旅 - 日帰りであるく東海道Light 第2期 品川宿~生麦東海道歩き旅第12シリーズ
開催日時
2026年
2月4日 品川宿~大森【受付終了】
3月4日 大森~川崎宿
4月1日 川崎宿~生麦
参加費 各回3000円
月に1回日帰りで歩く東海道五十三次の旅。4月までは比較的短い距離をライトに歩きます。 - 日帰りであるく東海道 第2期 生麦~藤沢宿東海道歩き旅第11シリーズ
開催日時
2026年
1月10日 生麦~保土ケ谷宿【受付終了】
3月7日 保土ケ谷宿~戸塚宿
4月4日 戸塚宿~藤沢宿
参加費 各回3500円
月に1回日帰りで歩く東海道五十三次の旅 - 日帰りであるく東海道 第1期 日本橋~生麦東海道歩き旅第13シリーズ
開催日時
2026年
1月12日 日本橋~品川宿【受付終了】
3月8日 品川宿~蒲田
4月5日 蒲田~生麦
参加費 各回3500円
月に1回、日帰りで東海道五十三次を歩くイベント。日本橋を新規スタート。 - 日帰りであるく東海道 第3期 藤沢宿~国府津東海道歩き旅第10シリーズ
開催日時
2026年
1月11日 藤沢宿~茅ヶ崎【受付終了】
2月15日 茅ヶ崎~大磯宿【受付終了】
3月15日 大磯宿~国府津
参加費 各回3500円
月に1回、日帰りで歩く東海道五十三次の旅












