主催イベントの開催状況について
2024年7月16日より、古地図散歩の開催・募集は当面お休みいたします。
「日帰りであるく東海道」「京都まであるく東海道」の東海道歩き旅イベントのみ開催しております。
ご参加お申し込みも随時受け付けております。
歩き旅応援舎とは
東京都内と旧東海道において、独自の視点から練り上げたガイドイベントを企画・主催しています。これまでの史跡めぐりや歴史散策、観光地やショップめぐりとは全く異なった、他では体験できない町歩き・街道歩きをリーズナブルな料金で実現します。
歩き旅応援舎イベントの特徴
- 都内ならば1人でもお申し込みがあれば開催
- 料金はリーズナブルなのに内容は充実
- 前日夜9時までお申込み可能
- 観光名所や史跡にとらわれない町歩き
- 現役世代による未来づくりのための外歩きイベント
お知らせ
お知らせ事項はありません。
参加お申し込み受付中のイベント
お申し込みの締切は、原則として各開催日(一泊二日の場合は1日目)の前日午後9時です。
- 日帰りであるく東海道 第5期 元箱根~原宿月に1回日帰りで歩く東海道五十三次の旅
開催日時
2025年
2月22日 元箱根~山中城
3月22日 山中城~三島宿
4月26日 三島宿~原宿
参加費 各回3500円 - 京都まであるく東海道 第9期 国府~熱田宿月に1回、一泊二日で歩く東海道五十三次の旅
開催日
2025年
1月12~13日 国府~岡崎宿
2月1~2日 岡崎宿~前後
3月1~2日 前後~熱田宿
参加費 各回6000円 - 日帰りであるく東海道 第1期 日本橋~生麦月に1回日帰りで歩く東海道五十三次の旅
開催日時
2025年
1月18日 日本橋~品川宿
2月15日 品川宿~蒲田
3月15日 蒲田~生麦
参加費 各回3500円 - 京都まであるく東海道 第10期 桑名宿~土山宿月に1回、一泊二日で歩く東海道五十三次の旅
開催日
2025年
4月5~6日 桑名宿~四日市宿
5月17~18日 四日市宿~亀山宿
6月7~8日 亀山宿~土山宿
参加費 各回6500円 - 日帰りであるく東海道 第1期 日本橋~生麦月に1回日帰りで歩く東海道五十三次の旅
開催日時
2025年
4月13日 日本橋~品川宿
5月11日 品川宿~蒲田
6月15日 蒲田~生麦
参加費 各回3500円 - 日帰りであるく東海道 第2期 生麦~藤沢宿月に1回日帰りで歩く東海道五十三次の旅
開催日時
2025年
4月19日 生麦~保土ケ谷宿
5月24日 保土ケ谷宿~戸塚宿
6月21日 戸塚宿~藤沢宿
参加費 各回3500円
ブログ
- 松平武元と松平康福の屋敷跡 「べらぼう」の老中はどこに住んでいた?大河ドラマ「べらぼう」に登場する老中松平武元と松平康福。彼ら2人が住んでいた屋敷はどこにあったのでしょう? もしかしたら、行ったことがある場所かもしれません。
- 三島スカイウォーク 東海道箱根西坂の休憩施設2015年に箱根西坂にオープンした三島スカイウォーク。三島市の観光名所となっていますが、東海道を歩いている私たちにも休憩場所を提供してくれます。
- 箱根西坂の山中城跡 そこから見えるこんなもの日本100名城のひとつ、山中城。土塁や堀が良好な状態で残っている戦国時代の城跡です。その城跡ではこんな楽しみ方もできるのです。
- 知立と池鯉鮒 東海道五十三次の宿場名はどっち?!現在の知立市にある東海道五十三次の宿場「池鯉鮒宿」。「知立」と「池鯉鮒」、ちがいは何でしょう? ただしい表記はどっち?
- 池鯉鮒宿のあんまき やっぱり焼きたてが一番!池鯉鮒宿にある知立神社、その参道入口で売られているお菓子があります。他の業者の同種のお菓子は駅やドライブインでも売られていますが、ここはやはり焼きたてを食べましょう!
- 一橋治済の屋敷跡 「べらぼう」最大の悪役? はどこに住んでいたのか?第11代将軍徳川家斉の父にして一橋徳川家当主の徳川治済。大河ドラマ「べらぼう」にも登場する彼の屋敷はどこにあったのでしょうか? その場所の変遷と現在の様子をまとめました。
- 田沼意次の屋敷跡 「べらぼう」の重要人物が住んでいたのはどこ?大河ドラマ「べらぼう」で渡辺謙さんが演じている田沼意次。下級武士から老中にまで出世しながら、最後は政権抗争に敗れて失脚した田沼意次。彼が住んでいた屋敷の跡地を、古地図と現地の写真で紹介します。
- 松応寺 徳川家康の父と昭和レトロのお寺東海道五十三次の岡崎宿は「二十七曲がり」と呼ばれる複雑な道です。この途中で右を見ると、その奥に見えるお寺があります。それが徳川家康の父の墓所がある松応寺です。
- 龍城神社 岡崎城公園の神社で見つけた岡崎藩の名残岡崎城公園の天守閣の隣には龍城神社があります。その起源は戦国時代まで遡ると伝えられ、江戸時代も東照宮、映世神社として城中にありました。今も神社には岡崎藩の名残があるのです。
- 岩略寺城跡 土塁や空堀が残る戦国の山城の正しい訪れ方東海道五十三次のうち、吉田宿と岡崎宿の間は細い谷間の道でつながっていました。戦国時代にはこの道は戦略上の要地となり、激しい争奪戦が行われたともいわれています。その要となった場所にある岩略寺城を訪れました。