令和7年の大河ドラマ「べらぼう」は、まさに江戸が舞台です。
東海道五十三次を歩く旅のご案内、あるいは都内で古地図を見ながら町歩きをすることが職責の私にとっても、「べらぼう」には興味を引かれることがらよく出てきます。

今回は田沼意次の屋敷の跡地を紹介します。
ドラマの中で渡辺謙さんが演じている田沼意次は、どこに住んでいたのでしょう。

意次は父の代に将軍徳川吉宗の旗本となり、宝暦8年(1758)に意次が加増を受けて1万石となったことで大名に列することとなりました。
大名には原則として幕府から上屋敷(藩主の住居)・中屋敷(予備の屋敷)・下屋敷(別荘)が与えられますが、意次が上屋敷を与えられた場所は呉服橋門内でした。

宝暦年間(1751~1764)の呉服橋門周辺
北を上に修正して使用(以下同じ)

現在の東京駅日本橋口付近にあたります。
地図の中を十字に堀があり、中央下付近に「コフク」とあるのが江戸城外堀にあった呉服橋門。
そのすぐ左に「田沼トノモ」と書いてあるのが田沼主殿頭、つまり田沼意次の屋敷です。
現在は東京駅日本橋口の東側付近にあたり、鉄鋼ビルやホテルが建っていたり、北町奉行所跡の表示があったり発掘された石組みが並べられていたりするところです。

東京駅日本橋口の東側付近
北町奉行所跡の表示
発掘された北町奉行所の石組み

北町奉行所が呉服橋門内に移転してきたいのは文化3年(1806)ですから、そのだいぶ前に田沼意次が住んでいたことになります。

田沼意次は出世して、最終的には老中になります。
その頃に住んでいたのが神田橋門内でした。
「神田橋御門」の下に「田沼主殿」と書いてあるところが田沼意次の屋敷です。

明和9年(1772)の神田橋門周辺
明治初年ころに撮影された神田橋

現在の神田橋の南の大手町です。
ちょうど経団連のビルがある辺りになります。

ちなみに田沼屋敷の左上にある「徳川民部卿殿」というのは一橋家の徳川治済の屋敷です。
「べらぼう」にも一緒に傀儡師を演じるシーンが出てきましたが、お隣さんだったんですね。
→一橋治済の屋敷跡

現在の神田橋
経団連ビル

ところでドラマの中でも意次が賢丸のことを「あの小僧」、賢丸は田沼のことを「足軽上がり」などとお互い本人がいないところで罵っていますが、歴史上の結果だけ見ると天明6年(1786)に将軍徳川家治が没すると、その2日後には田沼意次は老中を罷免されて失脚してしまいます。

老中罷免後もしばらくは幕府内に影響力を及ぼす地位にあったようですが、翌年に松平定信が老中首座となると意次は江戸城内から放逐され、神田橋の屋敷も取り上げられてしまいました。
その後は中屋敷だった築地の屋敷に住んでいたとされています。
田沼意次は天明8年にこの屋敷で没しています。

意次死後の寛政4年(1792)の地図には、築地の万年橋と矢の橋(現在の采女橋)の北に「田沼リウスケ」と書かれた屋敷が描かれています。
田沼竜助は田沼意次の幼名であると同時に、早世した長男意知の子である意明も名乗っていました。
→田沼意知刺傷事件

この「田沼リウスケ」と書かれている場所が、失脚した田沼意次が過ごした屋敷になります。

寛政4年(1792)の地図に描かれた田沼屋敷
万年橋から北を見たところ
左側の黒っぽいビルあたりが田沼屋敷跡

万年橋と采女橋は現在もあります。
その北側の区画が田沼意次が最晩年をすごした築地の屋敷の跡地になります。

一時は没落した田沼家ですが、意次の四男の意正が文政2年(1819)に若年寄となり、田沼家は再び幕政の重職に復帰しました。

若年寄となった田沼家の屋敷があった場所は馬場先門内でした。
お堀が直角に曲がるところに「田沼玄蕃頭」と書いてあるところです。

慶応元年(1865)の馬場先門内付近

ここは現在の皇居外苑、ちょうど楠公広場のあたりです。

楠公広場

ここに書いた場所は、東京で働いていたり近郊にお住まいのみなさまには、お馴染みの場所ということも多いことと思います。

ドラマでは渡辺謙さんが演じている田沼意次、さらに幕府で重職を務めたその子孫の人たちは、現代を生きる私たちにとってけっこう身近な場所に住んでいたのです。

   

(歩き旅応援舎代表 岡本永義)

【古写真・地図出典】
「江戸見附写真帖」大正2年発行
新板江戸絵図 宝暦改正吉文字屋次郎兵衛
分間江戸大絵図 明和9年改須原屋茂兵衛
分間江戸大絵図 文化3年改須原屋茂兵衛
分間江戸大絵図 寛政4年改須原屋茂兵衛
 以上は国立国会図書館デジタルコレクションより
復刻版 御曲輪内大名小路絵図 金鱗堂尾張屋清七板
 ©こちずライブラリ

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