今年の大河ドラマの「べらぼう」、なかなか面白いですね。
ドラマは吉原パートと江戸城パートに分かれて物語が進行していますが、江戸城パートでの幕府内の権力争い、いがみ合う改革派の田沼意次と“超”保守派の松平定信に対して、第三勢力ともいうべき立場にあるのが一橋治済です。
演じているのが生田斗真さん。
端正な顔立ちの生田さんの治済が、何を考えているかわからないようなポーカーフェイスぶりなのに、陰謀を企んでいることだけはヒシヒシと伝わってくる、そんなところが独特の憎々しさを醸し出していてとてもいいです。
さて、その一橋徳川家は徳川吉宗が創設した3つの徳川家、御三卿のひとつです。
将軍家に跡継ぎが絶えたときに、次の将軍を出す家柄とされています。
御三卿のうち田安家と清水家は、北の丸に屋敷がありました。
→松平定信が住んだ田安・白河松平の屋敷とは?
このうちの田安家から白河藩松平家(後の桑名藩松平家)に養子に行ったのが松平定信です。
→白河藩松平家
一橋徳川家は徳川吉宗の四男宗尹(むねただ)に始まります。
寛保元年(1741)に宗尹は、江戸城外堀の内側に屋敷を城門の一つである一ツ橋門の内側に屋敷を与えられました。
その屋敷の場所については、ドラマと同じ年代の明和9年(1772)に発行された須原屋茂兵衛板の「分間江戸大絵図」描かれています。
「一橋御門」の下に「徳川民部卿殿」と書かれているところが、一橋徳川家の屋敷です。
ちなみに須原屋茂兵衛は江戸の版元で、「べらぼう」に登場する須原屋市兵衛の暖簾分け元、つまり本家筋にあたります。
一ツ橋門の内側に屋敷があったことが「一橋徳川家」と呼ばれる由縁です。
ちなみに一橋大学という国立大学がありますが、これも由来は同じ一ツ橋門です。
関東大震災で国立市に移転するまで、一ツ橋門跡地の門の外側にあったから一橋大学なのです。
ただしこの名称となったのは、国立に移転した後のことです。
一ツ橋門については、幕末ころに撮影された写真が残っています。
手前に橋が写っていますが、この橋は内堀にあった平川門の前に架かっていた橋です。
奥の方の右側に写っている櫓が乗っている門が一ツ橋門です。
門の跡地には今も城門の石垣の一部が残っています。
一橋徳川家の屋敷の跡地には、現在は丸紅の本社ビルやKKRホテル東京などになっています。
丸紅本社ビルの前には、「一橋徳川家屋敷跡」の碑と説明板が立てられています。
また、丸紅本社ビルの建て替え工事にともなって平成29年(2017)に行われた発掘調査では、江戸城外堀から水を引いた池の跡などが発見されています。
丸紅本社ビルの公開空地には、池の跡が白い砂利で示され、池の縁に組まれていた石垣の石も発掘された形のまま地上に積み直されています。
また、発掘成果について簡潔にまとめた説明看板も設置されています。
ところで江戸時代の地図を見ていると、面白いことに気付きます。
一橋徳川家の屋敷は、「べらぼう」の時代と幕末とでは広さがちがうのです。
ドラマと同時代の明和9年の地図では、一橋徳川家の屋敷は一ツ橋門の前を西端として神田橋門の西側で止まっていますが、幕末の地図では東端が神田橋門にまで達しています。
一橋徳川家の屋敷地に加増があったのでしょう。
それでは加増された場所にはもともと誰が住んでいたのかというと・・・
田沼主殿頭、つまり田沼意次だったのです。
→田沼意次の屋敷跡
田沼意次は天明6年(1786)に失脚します。
意次が老中を辞任させられただけではなく、田沼家は所領も5万7000石から1万石にまで減らされてしまい、神田橋門内の広大な屋敷も返納させられてしまいました。
その後、田沼屋敷の跡地には鳥居家の名前が描かれた地図もありますが、文化3年(1806)の地図では田沼屋敷の跡地には「一橋殿」と描かれています。
田沼意次の失脚には松平定信の画策だけではなく一橋治済もからんでいるといわれています。
自分が追い落とした田沼意次の屋敷の跡地を自分の屋敷の一部にしてしまうとは、ますます生田斗真さんの端正にして憎々しい顔から目が離せなくなりそうです。
(歩き旅応援舎代表 岡本永義)
【古写真・地図出典】
「江戸見附写真帖」大正2年発行
分間江戸大絵図 明和9年改須原屋茂兵衛
分間江戸大絵図 寛政4年改須原屋茂兵衛
分間江戸大絵図 文化3年改須原屋茂兵衛
以上は国立国会図書館デジタルコレクションより
復刻版 御曲輪内大名小路絵図 金鱗堂尾張屋清七板
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