「吉原者出入無用 通油町」
6月22日放送の「べらぼう」では、通油町の本問屋丸屋を買い取りたい蔦屋重三郎と、それを阻止したい鶴屋喜右衛門たちの丁々発止のやりとりが描かれました。
丸屋が残した売掛証文をもって蔦重を連れた亡八たちが通油町へと乗り込もうとしたとき、橋のたもとに掲げられていた立て札に書かれていたのが冒頭の文字です。
亡八たちはこれを無視して橋を渡るのですが、はたしてこの橋はどこでしょう?
日本橋にある通油町に行くのだからもちろん日本橋だろうと思いたくなるところですが・・・
そうではないのです!
なぜならば、亡八たちの住む吉原は通油町から浅草橋門をへてさらに北にあり、一方の日本橋は通油町から、南西約1キロのところにあるからなのです。
では蔦重たちが渡った橋はどこだったのでしょう?
江戸時代の地図をよく見ると、日本橋地区にはほかにも川があります。
江戸城外堀と隅田川を結んでいた神田八丁堀です。
途中でL字形にまがっていますので、曲がった場所を境にして竜閑川、浜町堀という呼び方もあります。
吉原のある浅草から通油町に行くには浅草橋門と浅草橋を通り、通塩町から浜町堀を渡るのが最短です。
ここで浜町堀に架かっているのが緑橋、この橋を渡ると通油町なのです。
浜町堀は昭和25年(1950)に戦災の瓦礫捨て場になって埋められてしまいました。浜町堀の跡地は遊歩道になってしまい、緑橋の跡地は交差点になっています。
緑橋跡の交差点を渡ると通油町の旧地、耕書堂跡の説明板などが設置してあります。
ドラマでは「日本橋」の名がよく出てくるため、ついそこだと思ってしまうところですが、亡八たちが渡っていた橋は浜町堀にかかっていた緑橋でほぼ間違いないと思われます。
(歩き旅応援舎代表 岡本永義)
【地図出典】 復刻版江戸切絵図©こちずライブラリ 転載禁止
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