岡崎宿は東海道五十三次の中でも、もっとも複雑な道筋をもつ宿場です。
この町の中を東海道は「岡崎二十七曲がり」と呼ばれるほど曲折して進むのです。

この曲がりくねった道の中でも北の方の材木町のあたり、ファミリーマートの角から伊賀川にかかる柿田川に行く途中で、道の奥の方にお寺が見えるところがあります。

道の奥に見えるお寺

この道の奥に見えるお寺は松応寺。
徳川家康の父である松平広忠のお墓のあるお寺です。

松応寺

松平広忠のお墓は複数箇所あるのですが、昔の人は埋葬地にこだわらずお墓を建てることが多かったので、あまり気にすることはありません。
松応寺にある広忠のお墓は徳川家康本人が造ったもの、お寺もその後に家康本人が建立したものとされています。

家康はまだ竹千代と名乗っていた幼少時に織田信秀(信長の父)のもとへ人質として居りました。
そのうち人質交換によって今川義元のもとへ行くことになるのですが、その途中で岡崎に立ち寄り、その年に死んだ父親の遺髪を埋めて墓を建てたといわれているのが松応寺の墓なのです。

松平広忠の墓所

家康の祖父の松平清康は、一度は三河を平定するほどの武将でした。
しかし天文4年(1535)に清康は25歳の若さで没し、9歳で広忠は父の跡を継ぐこととなりました。
しかし武勇に優れた清康だからこそ従っていた三河の豪族たちは広忠のもとを次々と離れ、広忠も大叔父に岡崎城を乗っ取られて流浪を経験することとなります。

今川義元を頼った広忠は、やがて義元の力添えもあり岡崎城主として復帰しますが、今度は三河の豪族の多くを味方に付けた織田信秀の攻勢でした。
激しい攻撃に、ついに広忠は竹千代を信秀のもとに送ることになります。

しかしその2年後、広忠は岡崎城内で24歳で急死してしまいました。
天文18年(1549)のことといわれています。

これに乗じて今川義元は岡崎城に軍勢を送り込み、織田方の三河での拠点だった安祥城を攻め落としました。
このとき今川方の捕虜となった信長の兄との人質交換で、竹千代は駿府に行くことになるのですが、このころの三河は織田対今川の戦場となり、竹千代が生まれた松平家も苦難のときを迎えていたのです。

そのような中で造られたのが、松応寺の松平広忠の墓なのです。

墓所の鳥居と土塀
墓石がわりの松

この松平広忠の墓は、墓石の代わりに竹千代が松を植えたと伝わっています。
現在も土塀で周囲を囲まれた中に松が植えてあります。
比較的若い松なので、現在の松は竹千代が植えた当時のものではないのでしょう。

この土塀は平成の終わりころには台風の被害などでボロボロでした。
松応寺では寄付を募り、令和元年から修復工事に着手して、令和3年に土塀の修復が完成したのです。

平成の終わりころの土塀

少し自慢します。
私もわずかな額ですが寄付しました。

修復後の土塀

こうして修復ができあがった松平広忠墓所の土塀。
今は境内に土塀の構造見本も置かれています。

土塀の構造見本

ところで松応寺の本堂前の参道には、なぜかアーケード付きの飲食店街があります。
しかも昭和に建てられた木造店舗です。

松応寺の参道

その左右も木造の店舗が立ち並んでいます。

参道周囲の木造店舗

もともと松応寺の門前には花街があったそうなのですが、昭和20年7月の岡崎空襲でお寺もろとも焼けてしまい、戦後にお寺の境内地にあらためて店が開かれたそうです。
要するにヤミ市ができたのですが、それが現在まで存続しているのだそうです。

今は居酒屋などは数が減り、カフェ、ケーキ店、食事店やレンタルルームなどが入居し、「昭和レトロ」のブームに乗ったのかなかなか人気があるそうです。

参道周囲の木造店舗

東海道を歩いているときは遠くに見るだけだった松応寺、行ってみるとなかなか魅力的な場所でした。

   

(歩き旅応援舎代表 岡本永義)

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    月に1回日帰りで歩く東海道五十三次の旅
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    2026年
    1月12日 日本橋~品川宿【受付終了】
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