2024.8.30
東海道を歩いて浅間下交差点から浅間下公園を突っ切って進むと、右手の高台に交差点や公園の名前の由来となった浅間神社があります。
浅間神社は富士山の神であるコノハナサクヤヒメを祭神とする神社で、日本中にあります。
そこでここにある浅間神社はかつての村の名前から芝生(しぼう)浅間神社と呼ばれることが多いです。
神社のある高台はかつては袖磨山(そですりやま)と呼ばれていて、当時は海が山の下にまで迫り、山と海との間の狭い道を行き交う人たちが袖をすり合うようにして歩いたことが名前の由来と伝わっています。
この浅間神社がある高台の斜面には、かつては横穴古墳が複数あったそうですが、宅地開発が進む中で斜面はコンクリートで覆われて横穴古墳も失われてしまいました。
いまでは斜面の上から垂れ下がった植物がおおい被さり、法面のコンクリートすら見えなくなってしまいました。
そしてここが浅間神社の入口です。
鳥居をくぐると右手が上り坂となりますが、この上に本殿があります。
この浅間神社は東海道名所図会にも挿絵が載っています。
その挿絵では鳥居をくぐると左手に丸く黒く塗られたところが描かれていて、何人もの人たちがそこへ向かっています。
なんだかブラックホールを連想してしまう黒い丸ですが、浅間神社の境内には「富士の人穴」と呼ばれる穴があったのです。
この富士の人穴も神社の鳥居周辺の宅地開発の中で埋められてしまったそうですが、富士山の風穴までつながっていたという伝説があります。
その伝説とはこのようなものです。
ある日源頼朝が、「富士には人穴という霊穴があるそうだ。その奥まで見極めた者には褒美を取らせる」と言ったのだそうです。
そこで御家人の仁田忠綱(実在の御家人である仁田忠常とする話もあります)がこれを志願し、その前に芝生浅間神社に成就を祈願したそうです。
すると忠綱の前に浅間菩薩(富士山の神)が現れ、浅間神社にある穴から中へと案内しました。
穴を抜けるとなんとそこは富士山だったというのです。
頼朝が探検を命じた富士の霊穴は、芝生浅間神社の穴とつながっていたという伝説です。
これによって浅間神社の穴も「富士の人穴」と呼ばれるようになりました。
昭和3年(1928)に発行された「横浜の史跡と名勝」という本には、富士の人穴の写真が載っています。
今はなき富士の人穴ですが、この穴も本当は横穴古墳だったのではないかと思われます。
もちろん富士山まで続いているわけもないのですが、「東海道名所図会」にも掲載されるような東海道の名所となりました。
誰がいつ置いたのかはわかりませんが、この人穴の中には大日如来像が祀ってあり、東海道を旅する人が穴に入って大日如来にお参りするようになったのです。
人穴はなくなったものの、大日如来像は今も残っています。
浅間神社の本殿の右側にある小さな祠、その横に置かれている小さな石仏が、その大日如来像なのだそうです。
「普通の神社」に見える場所も、かつては東海道の名所だったのです。
(歩き旅応援舎代表 岡本永義)
【画像出典・参照文献】
「東海道名所図会」
「横浜の史跡と名勝」「今昔横浜案内」「横浜の伝説と口碑」 横浜郷土史研究会編
「神奈川ふるさと風土図横浜編」 荻坂昇著
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