大河ドラマ「べらぼう」で第28回「佐野世直大明神」に描かれるであろう田沼意知刺傷事件とその後の意知と佐野政言の死。
この稿を書いているのは第28回の放送前ですので、事件とその後がドラマでどのように描かれるのかはまだわかりません。
ただ、事件については「営中刃傷記」、事件現場に関しては「栁営図本丸」を参考にしてこれまで見てきました。
→田沼意知刺傷事件
→江戸城内の見取図で見る田沼意知刺傷事件
今回は江戸の古地図を使って、事件後に起こったことを見ていきます。
まず田沼意知について。
意知は天明4年3月24日に、江戸城本丸御殿内において佐野政言に切りつけられて、肩と両股に重傷を負い、指が1本欠落してしまいました。
事件後すぐに江戸城御殿内で奥医師たちの治療を受けて、駕籠で下城し住んでいた父田沼意次の屋敷へと運び込まれました。
事件当時の田沼意次の屋敷は、神田橋門の内側にありました。

明和9年江戸大絵図より
現在は経団連ビルなどがあるところで、ドラマが始まってから千代田区観光協会が設置した説明板があります。
なんと隣は事件の黒幕とドラマで匂わされている一橋治済の屋敷です。
ここで意知は療養をしていたのですが、8日後の4月2日に没してしまいます。
駕籠で自邸に帰っていますので意識はあったのでしょうし、事件から8日もたっていますので、事件からどういう因果関係をへて死にいたったのかはよくわかりません。
「営中刃傷記」には、佐野政言は刀に烏頭(トリカブトの毒)を塗っていたとの記述がありますが、どうなんでしょう?
意知の死後、遺体は駒込の勝林寺(少林寺)に運ばれて埋葬されました。
その途中では民衆から投石や罵声を浴びせられたそうです。
その話は「営中刃傷記」にも載っています。
このころは米不足で値段が高騰しており、民衆の恨みは老中と若年寄として幕政の事件を握っていた田沼親子に集中していたのですね。
勝林寺は染井霊園の隣にあります。
ソメイヨシノが生まれた地ということもあり、霊園をはじめとして周囲には樹齢を重ねたソメイヨシノが多くあります。
勝林寺の境内には田沼一族の墓所があり、大きな墓石が建てられています。
正面の一番背の高い墓石が田沼意次のもの、左の墓石は田沼家の女性たちを合葬したもの、右の墓石は田沼家の男性たちを合葬したものです。
田沼意知の名前は、その墓石のまん中にあります。
じつは勝林寺は中山道と岩槻街道の追分近く、今の東京大学のそばにあったのですが、道路拡張のために昭和15年(1940)に少し北の現在地に移転したのです。
江戸時代にあった場所は現在マイバスケットがあるあたりになります。
昭和15年の移転のときに田沼家のお墓は合葬されて、現在の姿になりました。
一方、田沼意知を襲って重傷を負わせた佐野政言は、大目付の松平忠郷に取り押さえられ、目付たちによって事件現場からまず躑躅の間、ついで蘇鉄の間に連れて行かれ、そこで北町奉行曲淵景漸配下の与力・同心たちによって小伝馬町牢屋敷にある武士の監獄、揚座敷に収容されました。
ここで取り調べを受けるなどしていたのですが、4月2日の意知の死をもって政言には切腹が命じられました。
小伝馬町の牢屋敷の跡地は、現在は十思公園、十思スクエア、お寺などになっています。
牢屋敷の模型もあります。
内部の様子が表示されていますので、政言が切腹した揚座敷の場所もわかります。
十思スクエアでは、ちょうど「べらぼう」放送にちなんで、「十思スクエア蔦重ギャラリー」が2階で開かれています。
来年の3月中旬ころまでの予定です。
ちなみに平賀源内が死んだのも、この場所になります。
佐野政言は浅草の本願寺、現在の東本願寺の中にあった徳本寺に埋葬されました。
ちょうど事件のあったころから米の値が下がり始めました。
江戸の庶民は、佐野政言が悪の元凶である田沼意知を成敗してくれたおかげで米の値が下がったと思い、政言を「佐野世直大明神」と呼びました。
実際には幕府が大阪で買い付けた米が大量に江戸に流入したために米の値が下がったのですが、人々は佐野政言の墓詣でに殺到し、験を担いで政言の墓石を削り取って持ち帰りました。
だから上の写真のように、佐野政言の墓石はボロボロになっています。
ドラマは創作ではありますが、ドラマの田沼意知像からすると、なんだか納得のいかない事態が実際にはあったのです。
(歩き旅応援舎代表 岡本永義)
【地図出典】
明和9年「江戸大絵図」 国立国会図書館デジタルコレクションより
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