江戸時代の出版物で、黄表紙と呼ばれる種別の本があります。
大きな挿絵が描かれ、その余白に物語が書かれたものです。
簡単に言うと絵本なのですが、読者としてターゲットしていたのは子供ではなく当時の大人たちです。
この黄表紙は漢字ばかりの堅苦しくい本ではなく、軽い気持ちで読める内容でページ数も10枚程度の短いものでした。
それが当時の大人たちに大ヒットしたのです。
この黄表紙のはしりとなる本が「金々先生栄花夢」、NHK大河ドラマ「べらぼう」では海賊版の摘発を受けて没落した鱗形屋孫兵衛が起死回生を賭けて出版していました。
これを書いてヒットさせたのが恋川春町という作家です。
「金々先生栄花夢」の内容を簡単にお話しすると、田舎から江戸に行こうとする主人公が茶屋で粟餅を注文し、それが居眠りをしながら餅が蒸し上がるのを待っていたところ、大金持ちから養子に迎えられ、毎日金に飽かせて遊び歩くのですが、粟餅が蒸し上がったところでハッと目が覚め夢だったと気付くという物語です。
ヒットの理由は中国の逸話「邯鄲の夢」を日本風にアレンジし、当時の風俗をふんだんに盛り込んでいかにもありそうな話に仕上げたことといわれています。
これを書いた恋川春町、この名前はペンネームでして本名は倉橋格(いたる)、小島藩主松平丹後守の家臣、つまり武士でした。
物語だけではなく、挿絵も自分で書いたという多才の人でした。
「べらぼう」にも登場するはずなのですが、「金々先生栄花夢」が江戸で評判になった第8回の時点では、恋川春町はまだ登場してきません。
「粟餅」「小島藩」という伏線はバリバリ出てきたにもかかわらず、本人はまだ登場していないのです。
まるで覆面作家のような扱いです。
恋川春町こと倉橋格についてはよく知らなかったので、百科事典を引くという安直な調べ方をしてみました。
するとそこには「倉橋格は小島藩の用人」と書いてあります。
用人といったら各藩の家老に次ぐくらいの役職です。
倉橋格は小島藩松平家で重職に就いていた武士といってもよさそうです。
延享元年(1744)に生まれて、寛政元年(1789)に没しています。
寛政元年の1月に蔦屋重三郎を版元にして恋川春町は黄表紙「鸚鵡返文武二道」を出版し、これも大ヒットしています。
蔦屋が3か月で3版も出すほどの売れ行きだったそうです。
すると4月に老中の松平定信から呼び出しが来ます。
呼び出された理由は不明なのですが、小藩の藩士が老中から直接呼び出されるのは異例にも思われます。
「鸚鵡返文武二道」が定信の行っている幕政改革を茶化す内容だったため、呼び出されたともいわれています。
倉橋格は病気を理由に断ったのですが、7月になって急死してしまいました。
死因は不明ですが、主家である松平家に累が及ぶのを怖れて自殺したという説もあります。
さて、恋川春町はどこに住んでいたのかといいますと、小島藩で江戸詰めの上級武士ですから、小島藩の上屋敷に住んでいたと考えられます。
「恋川」という名前も、藩邸があった「小石川」からきているそうです。
その藩邸がこちら。
水戸藩の上屋敷の隣にありました。
「松平丹後守」と書いてあるところです。
倉橋格の主君の小島藩主松平信義は丹後守だったことから、江戸時代の地図にはこのように書かれています。
場所は現在の文京区役所のあるところです。
区役所の庁舎工事の折りの発掘調査で見つかった石垣の石が残っています。
ちなみに恋川春町のお墓は新宿の成覚寺にあります。
内藤新宿の「投げ込み寺」と呼ばれていたお寺です。
→投げ込み寺
恋川春町こと倉橋格が仕えていた小島藩松平家ですが、その領地の跡にはいまも陣屋の石垣などが残っています。
陣屋の場所は東海道の興津宿の北、この題目碑のある交差点から始まる身延道を、およそ4.5キロ興津川沿いに北上したところです。
おそらく恋川春町も、江戸から小島の陣屋に行くときにはこの道を通ったことでしょう。
「金々先生栄花夢」の作者の恋川春町こと倉橋格は、当舎のイベントで訪れた場所にだいぶ関わりのある人物だったのです。
(歩き旅応援舎代表 岡本永義)
最新のブログ記事
- 稚児橋 河童伝説や石垣、和菓子も東海道江尻宿にある稚児橋。河童の伝説がある橋で、橋の四隅にも河童の像があります。さらに橋の周囲には河童の腰掛石と呼ばれる石や、河童をかたどったお菓子まで!
- 歌川広重「蒲原夜之雪」 温暖な町に雪が降る?歌川広重の浮世絵「東海道五拾三次」では、蒲原宿に雪が降る様子が描かれています。温暖で雪が降ることがほぼない蒲原ですので、この絵は広重が東海道を実際にはあるいていない根拠として挙げられることも多いのですが・・・
- 松平定信の布団部屋 白河藩のふたつの屋敷大河ドラマ「べらぼう」において、松平定信は融通が利かない堅物として描かれる一方、辛いことがあると布団部屋に行って泣くという性格描写がされていました。それではその布団部屋、どこにあったのでしょう?
- 蔦重の仲間たち 絵師や戯作者たちの墓所2025年のNHK大河ドラマ「べらぼう」は、これまでなじみの薄かった版元の蔦屋重三郎とその周辺にいた絵師や戯作者たちを描いたドラマでした。彼らの永眠の地を訪れます。
- 正法寺 蔦屋重三郎の墓所がある浅草の寺令和7年の大河ドラマ「べらぼう」の主人公蔦屋重三郎の墓所は、浅草の正法寺にあります。墓石はすでに失われていますが、復元された墓碑などのお参りができます。
東海道歩き旅イベント 参加者募集中
とにかく内容が濃く詳しい、それなのに参加費がリーズナブル。
それが歩き旅応援舎の東海道歩き旅イベントです。
「日帰りで歩く東海道」 日本橋~原宿を日帰りで歩きます。全15回
「京都まで歩く東海道」 原宿~三条大橋を一泊二日で歩きます。全18回
それぞれ月に1回ずつ歩いて、東京の日本橋から京都の三条大橋をめざすイベントです。
以下のイベントが参加者募集中です。途中からでもご参加いただけます。
このブログには書いていないことが、実際の東海道にはいっぱいあります。
もっとくわしくお話をしながらガイドがご案内いたします。
一緒に東海道を歩きませんか?
人生の宝となるような経験、そのためのお手伝いをいたします。
- 京都まであるく東海道 第7期 岡部宿~磐田東海道歩き旅第7シリーズ
開催日時
2026年
1月24~25日 岡部宿~島田宿【受付終了】
2月28~3月1日 島田宿~掛川宿
3月28~29日 掛川宿~磐田
参加費 各回5000円
月に1回、一泊二日で歩く東海道五十三次の旅 - 日帰りであるく東海道Light 第2期 品川宿~生麦東海道歩き旅第12シリーズ
開催日時
2026年
2月4日 品川宿~大森
3月4日 大森~川崎宿
4月1日 川崎宿~生麦
参加費 各回3000円
月に1回日帰りで歩く東海道五十三次の旅。4月までは比較的短い距離をライトに歩きます。 - 日帰りであるく東海道 第2期 生麦~藤沢宿東海道歩き旅第11シリーズ
開催日時
2026年
1月10日 生麦~保土ケ谷宿【受付終了】
2月7日 保土ケ谷宿~戸塚宿
3月7日 戸塚宿~藤沢宿
参加費 各回3500円
月に1回日帰りで歩く東海道五十三次の旅 - 日帰りであるく東海道 第1期 日本橋~生麦東海道歩き旅第13シリーズ
開催日時
2026年
1月12日 日本橋~品川宿【受付終了】
2月8日 品川宿~蒲田
3月8日 蒲田~生麦
参加費 各回3500円
月に1回、日帰りで東海道五十三次を歩くイベント。日本橋を新規スタート。 - 日帰りであるく東海道 第3期 藤沢宿~国府津東海道歩き旅第10シリーズ
開催日時
2026年
1月11日 藤沢宿~茅ヶ崎【受付終了】
2月15日 茅ヶ崎~大磯宿
3月15日 大磯宿~国府津
参加費 各回3500円
月に1回、日帰りで歩く東海道五十三次の旅 - 日帰りであるく東海道 第4期 国府津~元箱根東海道歩き旅第9シリーズ
開催日時
2026年
1月17日 国府津~小田原宿【受付終了】
2月21日 小田原宿~箱根湯本
3月21日 箱根湯本~元箱根
参加費 各回3500円
月に1回日帰りで歩く東海道五十三次の旅






















