東海道五十三次の26番目の宿場が掛川宿です。
この掛川宿の西に大池というところがあります。
江戸時代には大池村があったところです。

この橋を渡ったところが大池
一方で東海道を歩いていると、江戸時代中期の盗賊団の首領、日本左衛門の名前がよく出てきます。
たとえば金谷宿の近くには日本左衛門が盗みの身支度をした庚申堂跡や、日本左衛門の首塚と伝わる場所があります。


最終的には日本左衛門は捕らえられて刑場の露と消えたのですが、芝居関係者は彼をモデルにして日本駄右衛門というキャラクターを生み出しました。

「盗みはすれども非道はせず」
と芝居では啖呵を切って登場し、金持ちから盗んだ金を貧者に分け与えるヒーローですが、実在した日本左衛門はそんな人物ではなかったようです。
本名は浜島庄兵衛、七里役所(紀伊徳川家、尾張徳川家などが独自で設けた飛脚の詰め所)の役人の子供だったと伝わっています。
非行が過ぎて親から勘当され、東海地方を荒らし回る盗賊になったといわれています。
そんな日本左衛門が捕縛されるきっかけとなったのが、大池村で働いた盗みでした。

以下は平成3年に編纂された「磐田市史」の記述と昭和52年に編纂された「磐田市誌」に集録されている「日本左衛門行状記」によります。
大池村には惣右衛門(宗右衛門とも)という豪農がいました。
延享3年(1746)にこの惣右衛門宅に押し入った日本左衛門率いる盗賊たちは、男たちを縛り上げて惣右衛門の妻を脅して金蔵を開けさせ、その後惣右衛門の家にいた女たちを強姦し、1000両余りを奪って逃げたのです。
奪った金は貧者に与えるはずもなく、自分たちが豪遊したり博打で費消していたようです。
派手な着物を着て大小の刀を差し、昼間から配下たちを連れて堂々と闊歩していたといいます。
ここからすると、姿を秘した盗賊団というより、地元の不良集団という方が正確かもしれません。
娘が性犯罪に遭った宗右衛門の妻の父で向笠中村(現森町)の名主三右衛門は怒り、江戸まで行って幕府に直接訴えたそうです。
幕府は日本左衛門の件を重視し、火付盗賊改の徳山五兵衛に捕縛を命じました。
徳山五兵衛は時代劇などで知られる長谷川平蔵の50年くらい前に火付盗賊改を務めていた旗本です。
五兵衛は腕利きの配下5名と応援4名の9人の捕り手を東海道筋に送り込み、彼らは東海道の掛川宿と見付宿の間にある袋井宿の旅籠武蔵屋を拠点にして情報収集に努めました。

すると日本左衛門の一党が、見付宿で同年9月20日の夜に行われる庚申講の折りに開かれる賭場に来るという情報をつかみました。
そして庚申講の夜、賭場に踏み込んだ捕り手たちは日本左衛門の配下11名を捕らえ、江戸に送りました。

ところが火付盗賊改の捕り手たちはは日本左衛門の顔を知りませんでした。
そのため日本左衛門本人はまんまと賭場から逃げてしまったのです。
日本左衛門はいったんは長門(山口県)まで逃げ、その後伊勢のなじみの遊女のもとに行き匿われたのですが、自身の人相書きが出回っていることを知って観念し、また手下たちが捕らえられて自分だけが逃げ延びたことに呵責を覚え、翌年1月6日に京都奉行所に自首して出ました。

そして日本左衛門たちは江戸へと送られ、小伝馬町の牢屋敷で斬首刑が執行されました。
その首は見付宿の東の三本松と呼ばれる地にあった刑場にさらされました。
日本左衛門は芝居の日本駄右衛門とは異なり、とんでもなく非道な男でした。
芝居に出てくる日本駄右衛門を見た被害者たちはどう思ったでしょう?

日本左衛門の首が近くでさらされていたことが関わっているのか、見付宿の見性寺には、墓地にあるすっかりすり減った墓石が日本左衛門のものであるという話が伝わっています。

(歩き旅応援舎代表 岡本永義)
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