東海道五十三次の歩き旅をしていると、最大の難所はなんといっても箱根です。
800メートル超という標高差を登ることに加えて、ところどころに江戸時代の石畳が残っています。
この石畳が荒れているところが多く、足下に気をつけながら坂道を上るため、平地のアスファルト路面よりも何倍もの時間を要します。
江戸時代の絵図を見ると、箱根の上り坂は単調なものではなく、さまざまな名所があったようです。
箱根湯本、湯本茶屋、須雲川、畑宿の4箇所の立場があったほかに、9箇所の甘酒小屋、さらに幕末近くになると接待茶屋も設けられました。
これらの他にも、道端にある石にも名前が付けられ、山中の森の中に延々とつづく石畳という単調な景色の中にも「名所」とされていたようです。
江戸時代の絵図などにはこれらの石が載っています。
それによると、箱根湯本から箱根峠にかけての東坂には、鎗突石、割石、沓掛石、天ヶ石、鋏石がありました。
また、箱根峠から三島宿にいたる西坂には、兜石、念仏石がありました。
それらの石は、現在どうなっているのでしょう。
まず東坂の石。
鎗突石と割石については、曾我兄弟の仇討ちにからんだ話が伝わっています。
兄弟のうち弟の五郎は武勇に優れ、箱根の東海道を越えるときに道端の石を鎗で突いたり、大石を刀で叩き割ったりしたというのです。
ただし鎌倉時代の東海道は湯坂道と呼ばれる道で、江戸時代の東海道とは別の場所を通っていました。
また、鎗は南北朝時代ころに生まれた武器だといわれていて、鎌倉時代にはなかった可能性が高いです。
これらの話は後世に創作されものでしょう。
鎗突石は、現在はホテル豊栄荘や星野リゾートのあるあたりの東海道沿いにあったようなのですが、現在は正眼寺の境内に移されています。
割石は、割石坂の表示が出ていて石畳の道が始まる場所の左側にあります。
その名のとおり、半分に割れたような形をした石です。
曽我五郎が刀の切れ味を試すために道端にあった石に切りつけたところ、石は真っ二つになって片方は谷底に落ちていったといわれています。
残った片方が石畳の道の入口にあるということになっていますが、この石、よくみるとドリルで穴を開けて発破をかけて割った後が残っています。
上記の伝承にもとづいて後から作られたものでしょう。
本物の割石はどこにいったのかわかりません。
沓掛石は、箱根の七曲がりにそって階段が設けてある樫ノ木坂を登り切ったところの右手にありました。
現在は木が茂っていて、沓掛石らしき大きな石は見当たりません。
天ヶ石は、仏像の上にかける傘「天蓋」に形が似ていることが名の由来だそうです。
箱根の坂の名のひとつである「天ヶ坂」の由来となっています。
東坂ではこの石だけが、江戸時代の絵図と同じ場所に今もあります。
狭石も箱根峠近くの「鋏石坂」の名の由来となった石です。
絵図では向かい合った二つの石が描かれていますが、その場所は現在は拡張された国道1号の場所にあたります。
やはり狭石らしき石は見当たりません。
西坂に行きましょう。兜石は今もあります。
この石は豊臣秀吉が小田原を攻めるときに、自らの兜を乗せて休憩したとか、そもそも兜の鉢に形が似ていることが名前の由来とされています。
現在の場所には国道の拡張工事が行われたときに移されたもので、もとあった場所には小さな碑が建てられています。
念仏石も江戸時代から場所を変えずにあります。
箱根の険しい坂道で行き倒れた人たちを、箱根西坂の山中新田にある宗閑寺の僧侶が供養するために「南無阿弥陀仏」と彫った石です。
「南無阿弥陀仏」と念仏が彫られた小さな石とその後ろにある大きな石を合わせて、「念仏石」と呼んでます。
そのほかにも箱根には、赤石坂、釜石坂など、そこにあった石が由来となった思われる坂の名があるのですが、これらの石については江戸時代の絵図にも出てきません。
石畳の道を歩くのは大変ですが、道端の石にも注目して歩くと、大変さから少しは気が紛れるかもしれません。
(歩き旅応援舎代表 岡本永義)
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