2024.8.25
東海道神奈川宿は、幕末の開港の地のひとつです。
安政5年、江戸幕府は外国奉行岩瀬忠震らを、アメリカから派遣されてきていたハリスと交渉に当たらせ、日米通商修好条約を結びます。
条約では神奈川を開港地としていましたが、1000戸もの家が建ち並ぶ当時としては大都会だった神奈川に外国人が無数に立ち入ること幕府は嫌い、「横浜は神奈川の一部だ」と強弁して神奈川から湾を挟んだ対岸の漁村の横浜に新たな町を築いて開港地としました。
ただし、神奈川宿には多くの外国公館が置かれたこともあり、神奈川にもかなりの数の外国人が滞在することとなりました。
その中に日本では超有名人のアメリカ人がいます。
ジェームス・カーティス・ヘップバーン、医師で宣教師、そしてヘボン式ローマ字の考案者であり、日本では「ヘボン博士」として知られています。
アメリカ人は早口なので、日本人の耳には「ヘップバーン」→「ヘボン」なのですね。
ヘップバーン自身も「ヘボンさん」という日本人から呼び名が気に入っており、自ら漢字で「平文」(へぼん)と署名していたそうです。
安政6年(1859)に夫婦で来日したヘボン博士(以後この呼び方をします)は、アメリカ総領事ドールの斡旋により、神奈川宿にある成仏時に宿泊していました。
文久2年(1862)11月に横浜の外国人居留地に建てた新居に移転するまで、成仏寺に住んでいたのです。
神奈川宿にいる間は、宗興寺に診療所を開いていたそうです。
名医として評判だったと伝わっています。
横浜に転居する3か月前の8月21日には生麦事件が起こりました。
傷を負ったイギリス人2名が神奈川宿に逃げてきたときは、逃げ込んだ本覚寺(さっきの岩瀬忠震の碑があるお寺)に出向いて2人の治療をしています。
医療に従事する傍ら、ヘボン博士は和英辞典の編纂を行っていました。
そのときにアルファベットで日本語を表記したのが、ローマ字なのです。
アメリカ人のヘボン博士なのになぜ「ローマ字」なのかというと、戦国時代に西洋人が日本に来て以来、アルファベットのことをローマ字と読んでいたことが理由という説があります。
この辞書「和英語林集成」は慶応3年(1867)に丸屋書店(現丸善)から出版されました。
現在は日本橋にある丸善ですが、創業者の早矢仕有的は師の福沢諭吉の勧めにしたがって、最初は横浜で書店を開いたのです。
後に丸善は日本橋に移転します。
そのため明治27年に改訂されて刊行された「和英英和語林集成」には「日本東京 丸善」と書いてあります。
本来はアメリカ人向けの日本語の辞書ですが、日本語の表紙も付いているということは英語を勉強したい日本人の需要も考えていたのでしょう。
さて、アメリカ人に対して日本語を教える辞書はできあがりました。
今度は日本人に英語を教える番です。
ヘボン博士は横浜に転居した翌年、英語を教えるヘボン塾を開きました。
明治13年(1880)にヘボン塾は築地に移転して築地大学校と改称し、さらに明治16年、明治19年と他校との合併を重ねて明治学院となりました。
この合併の翌年である明治19年に白金に学校を移転させ、ここに明治学院の校舎を建てました。
これが現在の明治学院大学につながります。
明治学院の校舎や宿舎を建設するにあたり、その資金はヘボン博士が辞書の版権を丸善に売却した代金を充てたということです。
ひょんなところで、ローマ字と明治学院大学がつながりました。
ヘボン博士は明治25年(1892)まで日本に滞在し、明治44年にアメリカのイースト・オレンジで没しました。
97歳でした。
こうしてみるとヘボン博士の功績は、医療やローマ字の考案よりも、教育者としてのものの方が大きかったようです。
東海道、歩けばいろいろなものが見えてきます。
白金の明治学院まで、東海道から見えてくるのです。
(歩き旅応援舎代表 岡本永義)
【画像出典・参照文献】
「横浜市史稿風俗編・神社編」
「幕末・明治・大正回顧八十年史第3輯」
「ゼー・シー・ヘボン博士 新日本の開拓者」
「維新秘史 日米外交の真相」
「金川砂子」
「和英語林集成」
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2026年
2月4日 品川宿~大森【受付終了】
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月に1回日帰りで歩く東海道五十三次の旅。4月までは比較的短い距離をライトに歩きます。 - 日帰りであるく東海道 第2期 生麦~藤沢宿東海道歩き旅第11シリーズ
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3月7日 保土ケ谷宿~戸塚宿【受付終了】
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月に1回日帰りで歩く東海道五十三次の旅 - 日帰りであるく東海道 第1期 日本橋~生麦東海道歩き旅第13シリーズ
開催日時
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1月12日 日本橋~品川宿【受付終了】
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月に1回、日帰りで東海道五十三次を歩くイベント。日本橋を新規スタート。
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