東海道も沼津宿が近くなると、歌川広重が浮世絵に描いた狩野川沿いに出ます。

歌川広重「東海道五拾三次之内 沼津黄昏図」
狩野川

この狩野川に黒瀬橋という橋が架かっています。
この橋のたもとに石地蔵の祠があります。

平作地蔵

平作地蔵と呼ばれています。
この石地蔵にはこのような話が伝わっています。

寛永11年(1634)伊賀上野城の城下町のはずれで、渡辺数馬が荒木又右衛門の助太刀を得て弟を殺した河合又五郎たちに決闘を挑んだ事件がありました。
「鍵屋の辻の決闘」と呼ばれる事件です。

歌川国芳「伊賀越敵討の図」

仇討ちといわれることもありますが、江戸時代の制度としての仇討ちは目上の親族の復讐しか認められていませんでした。
だから弟の復讐にあたるこの事件は、厳密にいうと仇討ちではありません。
備前岡山藩主池田忠雄が寵臣渡辺源大夫を殺されたことから、兄である渡辺数馬に犯人である河合又五郎を探し出して殺すように命じた上意討ちだったのです。

渡辺数馬は姉の夫であり剣客として知られていた荒木又右衛門に助太刀を頼み、伊賀上野の城下町のはずれにある鍵屋の辻と呼ばれる奈良街道の交差点で河合又五郎一行を待ち伏せ、いきなり斬りかかって河合又五郎たちを殺傷したのです。

歌川国貞「伊賀越読切講釈」
中央が荒木又右衛門がモデルの唐木政右衛門

このとき渡辺数馬たちは4人、河合又五郎たちは10~20人ほどの人数だったようです。
東海道には仇討ちや決闘の物語は数多く残っていますが、このくらいの人数差だったらだいたい不意を打った方が勝っています。

この事件は「仇討ち」として人々の口に膾炙し、芝居にまでなりました。
「伊賀越道中双六」がそのひとつです。

江戸時代の芝居あるあるですが、モデルとなった事件に尾ひれをつけすぎて原型をとどめないものになっています。

「伊賀越道中双六」では、渡辺数馬がモデルの和田志津馬の妻が沼津宿郊外で茶屋を営んでいることになっています。
その妻の父親が沼津宿の伝馬人足の平作という設定です。

歌川豊国「東海道五十三次の内 沼津 荷物平作」

平作は娘婿の志津馬のために、仇の沢井股五郎(モデルは河合又五郎)の居所を知る十兵衛から情報を聞き出すため、いきなり十兵衛の前で自害をして「あの世への土産として教えてくれ」とせがみます。

いきなりこんなことをされて十兵衛もびっくりです。
びっくりした拍子に、沢井股五郎の居所をしゃべっちゃいます。
ちなみに平作と十兵衛はお互いに知らなかったけど、生き別れた親子だったと言うことになっています。
もう尾ひれが付きすぎてめちゃくちゃです。

平作が死ぬ間際に聞き出した股五郎の居場所は志津馬に伝わり仇討ち成就となるのですが、茶屋があった場所に平作を哀れんだ人たちが建てたのが平作地蔵だというのです。

ところがこの平作地蔵建立の話も実は盛大に盛られた尾ひれらしいのです。

黒瀬橋が架けられる前にはこの地に渡し場がありました。
黒瀬の渡しと呼ばれていました。
この渡し場にはもともと石地蔵が建っており、この地蔵尊がのちに芝居にちなんで平作地蔵と呼ばれるようになったようなのです。

黒瀬の渡し場に地蔵尊があったことは、江戸時代の絵図にちゃんと載っています。
それに対して「平作地蔵」の名前が書物などに現れるのは昭和初めころからです。
そのころに発行された観光案内の本などから見られるようになります。
一方で「東海道名所図会」など江戸時代の書物に「平作地蔵」の記述があるものを、私は確認しておりません。

江戸時代に芝居になったことで平作の名が知られるようになったので、大正か昭和の初めころにもともと渡し場にあった地蔵に「平作地蔵」と名前を付けたものと考えられます。
つまりもともとは芝居とは関係のない石地蔵だったのです。

平作地蔵の案内看板

それでも平作地蔵の前には大きな案内看板も設置され、東海道を歩く人たちが目を留める存在になっています。

   

(歩き旅応援舎代表 岡本永義)

 

【浮世絵出典】国立国会図書館デジタルコレクション

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