2024.8.31b
保土ケ谷宿の入口には、土居が設けられていました。
その江戸側の土居を入って程ないところに神社がありました。
江戸時代の名称は「牛頭天王社」。
現在の橘樹神社です。
「橘」と「樹」の二文字で「たちばな」です。
「樹は必要なくね?!」
と言いたくなるところですが、これは昔の郡名である橘樹郡から来ています。
多摩川の南側、川崎市から横浜市港南区にいたる広い地域が橘樹郡でした。
ちなみに東海道の次の宿場である戸塚宿は鎌倉郡です。
牛頭天王社とかつて呼んでいたくらいですから、もともとは牛頭天王を祀る神社でした。
明治になり、神仏分離が行われて、祭神が素戔嗚尊になりました。
京都の八坂神社も同じように、牛頭天王から素戔嗚尊に祭神が替わっていますが、橘樹神社は源頼朝が文治2年(1186)に京都の祇園社(現八坂神社)から勧請、つまり神様を分けてもらって建てられたと伝わっています。
戦国時代の永正7年に神奈川宿の本覚寺のすぐ横にあった権現山城(青木城)において、伊勢宗瑞(いわゆる北条早雲)に寝返った城主の上田政盛を、裏切りに怒った主君の上杉朝良が攻める合戦が起こりました。
このときに保土ケ谷付近まで戦渦に巻き込まれて、牛頭天王社も周囲の町も焼けてしまったそうです。
そのときそれ以前の文書はすべて焼けてしまったので、上に書いた源頼朝の話も口伝でしかありません。
江戸時代後期の文政8年(1825)にも火災で焼失しており、その後建てられた社殿も関東大震災で大破して、昭和4年(1929)に建て直されました。
それが現在の社殿です。
橘樹神社の社殿、この記事を買いている令和6年時点で95歳、古いんですよ!
さて、この橘樹神社、境内にはたくさんの石造物があります。
狛犬
不動尊
庚申塔
石盥
これらの石造物、よく見るといろいろ面白いんです。
たとえば・・・
「江戸神田鎌倉横町」と書いてあります。
日本橋から4番目の宿場である保土ケ谷、けっこう離れていると思うのですが、江戸から寄進があったんですね。
橘樹神社の石造物については、次の記事にて
(歩き旅応援舎代表 岡本永義)
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