T06三河

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本宿の代官屋敷  柴田勝家の子孫はどうなった?

織田信長の重臣だった柴田勝家は、豊臣秀吉と戦って滅ぼされました。しかしその子孫は徳川家の旗本として存続しています。東海道沿いには柴田家が設けた代官所の建物が残っています。

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徳川家康幼時幽居の地  竹千代が織田の人質時代に住んでいた場所は?

まだ竹千代という名だったころ、徳川家康は尾張を支配する織田氏の人質となっていました。人質として住まわされていたのが宮宿こと熱田宿。こんなところにも徳川家康ゆかりの地があったのです。

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知立と池鯉鮒  東海道五十三次の宿場名はどっち?!

現在の知立市にある東海道五十三次の宿場「池鯉鮒宿」。「知立」と「池鯉鮒」、ちがいは何でしょう? ただしい表記はどっち?

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池鯉鮒宿のあんまき  やっぱり焼きたてが一番!

池鯉鮒宿にある知立神社、その参道入口で売られているお菓子があります。他の業者の同種のお菓子は駅やドライブインでも売られていますが、ここはやはり焼きたてを食べましょう!

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松応寺  徳川家康の父と昭和レトロのお寺

東海道五十三次の岡崎宿は「二十七曲がり」と呼ばれる複雑な道です。この途中で右を見ると、その奥に見えるお寺があります。それが徳川家康の父の墓所がある松応寺です。

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龍城神社  岡崎城公園の神社で見つけた岡崎藩の名残

岡崎城公園の天守閣の隣には龍城神社があります。その起源は戦国時代まで遡ると伝えられ、江戸時代も東照宮、映世神社として城中にありました。今も神社には岡崎藩の名残があるのです。

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岩略寺城跡  土塁や空堀が残る戦国の山城の正しい訪れ方

東海道五十三次のうち、吉田宿と岡崎宿の間は細い谷間の道でつながっていました。戦国時代にはこの道は戦略上の要地となり、激しい争奪戦が行われたともいわれています。その要となった場所にある岩略寺城を訪れました。

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岡崎城のいま  時代とともに変化する徳川家康出生の城

徳川家康が生まれた岡崎城。明治以降の解体や復元をへて、現在は新たな魅力を放っています。

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築山御前と松平信康の首塚  東海道岡崎宿にある徳川家康の妻子の埋葬地

徳川家康の正室築山殿と長男信康は、いずれも非業の死を遂げています。東海道岡崎宿にある彼らの首塚を訪ねました。

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御油・赤坂の飯盛女  遊女たちの光と影

大河ドラマ「べらぼう」の影響で、吉原の遊女たちの光と影が取り上げられることが増えましたが、光と影はなにも吉原だけにあったわけではありません。東海道五十三次の宿場で働いている飯盛女も同様です。それについて、飯盛女が多かったという御油宿と赤坂宿を取り上げました。

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