徳川家康

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服部半蔵が松平定信家臣?!  桑名宿の服部半蔵

徳川家康の家臣として知られる服部半蔵。時代劇では忍者として描かれることが多い服部半蔵ですが、彼の子孫はどうなったのでしょう? 実は東海道の要地・桑名藩の家老となっていたのです。

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松応寺  徳川家康の父と昭和レトロのお寺

東海道五十三次の岡崎宿は「二十七曲がり」と呼ばれる複雑な道です。この途中で右を見ると、その奥に見えるお寺があります。それが徳川家康の父の墓所がある松応寺です。

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龍城神社  岡崎城公園の神社で見つけた岡崎藩の名残

岡崎城公園の天守閣の隣には龍城神社があります。その起源は戦国時代まで遡ると伝えられ、江戸時代も東照宮、映世神社として城中にありました。今も神社には岡崎藩の名残があるのです。

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白河藩松平家  「べらぼう」で松平定信が嫌がった養子先とは?

大河ドラマ「べらぼう」では、蔦屋重三郎の活躍の一方で、幕府内の権力争いなどが描かれています。その中で松平定信が嫌々ながら養子に行きました。養子先の白河の松平家とはどういう家なのでしょう?

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築山御前と松平信康の首塚  東海道岡崎宿にある徳川家康の妻子の埋葬地

徳川家康の正室築山殿と長男信康は、いずれも非業の死を遂げています。東海道岡崎宿にある彼らの首塚を訪ねました。

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石工頭の善右衛門  日本橋小田原町の地名由来

かつて日本橋に「本小田原町」という町がありました。また、築地にも「南小田原町」という町がありました。江戸にあった「小田原」の地名の由来を探ります。

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小田原城総構え  城塞都市を形成した土塁の遺構

小田原は町のほとんどを広大な土塁と堀に囲まれた、日本では珍しい城塞都市でした。総構えと呼ばれるこの土塁の一部が、東海道のすぐ近くに残っているのです。

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引間城の跡  徳川家康の浜松城のもととなった城跡をゆく

徳川家康が築いた浜松城は、それ以前からあった引間城を西側に増築する形で造られました。その引間城の跡へと行ってみました。

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影取池伝説と徳川家康  東海道五十三次の戸塚宿と藤沢宿の間に伝わる伝説の意味を考える

伝説の内容を読み解くと、当時の人々の暮らしや考え方が見えてきます。影取池とおはんの伝説には、戦国時代の事情が隠されているかもしれないのです。

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高輪の泉岳寺 大石内蔵助と今川義元の接点

赤穂四十七士の墓所があることで知られる高輪の泉岳寺。まさに「忠臣蔵の聖地」です。でも、彼ら以外にもこれだけの人たちに関わりのある寺なのです。

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