横浜市
新見家の人々 東海道の品濃一里塚の近くにある歴史に名を刻んだ一族の墓所
2024年9月5日
品濃一里塚のすぐ近くに、江戸時代の旗本のお墓があります。品濃村の領主だった新見氏のものです。彼らは東海道以外のところにも名を刻んでいるのです。
品濃坂 標高差35メートル、保土ケ谷と戸塚の間にあった権太坂にも匹敵する難所の坂
2024年9月5日
街道歩きは上ったら下るのが鉄則です。保土ケ谷宿から権太坂を上ったということは、戸塚宿に着く前にそれに匹敵するくらいの下り坂があるということです。
品濃一里塚 東海道の歩き旅で初めて遭遇するるほぼ原形をとどめた一里塚
2024年9月5日
保土ケ谷宿から戸塚宿へといたる高台の上にある品濃一里塚は、江戸時代のころの姿を今に伝える一里塚。でも東海道からはなかなか見ることができません。
権太坂 箱根駅伝で知られる東海道最初の難所
2024年9月3日
箱根駅伝でも知られる権太坂。東海道の権太坂は駅伝とは別の場所にあるのですが、ここは江戸時代からの急坂です。東海道最初の難所の由来や碑などについてのお話です。
保土ケ谷の庚申塔 江戸時代の絵図に記載された東海道保土ケ谷宿の西にあった庚申塔はどうなった?
2024年9月2日
神奈川県内で盛んだった庚申信仰。保土ケ谷宿にも庚申塔がたくさんあります。江戸時代の絵図に描かれている庚申塔がどうなっているのか、その場所を訪れます。
保土ケ谷宿の土居と一里塚 かつての東海道を彷彿させる保土ケ谷宿の京側入口の復元
2024年9月2日
江戸時代、保土ケ谷宿の入口には土居が設けられていました。この土居と土居の間が宿場だったのです。保土ケ谷宿に復元された土居の姿とは?
保土ケ谷宿本陣の門 東海道の歩き旅で最初に遭遇する本陣の門
2024年9月2日
日本橋を出発して京都に向かう東海道の旅で、保土ケ谷宿まで至ると本陣の門があります。この門を他の宿場の本陣の門と比べてみると・・・
新町橋ってなんだ?! 広重の浮世絵に書かれた謎の橋名には、保土ケ谷宿の移転が関わっていた
2024年9月1日
歌川広重の浮世絵「東海道五拾三次」の保土ケ谷の絵には「新町橋」という文字が書いてあります。さて新町橋とは?









