2024.9.29
源頼朝は、建久10年(1199)1月に鎌倉で没しました。
落馬が原因だったと一般的には言われています。
吾妻鏡の建暦2年(1212)2月28日の項に、相模川の橋を修理しようというとき、この橋は不吉だという文脈の中で「橋を新造し将軍家(頼朝)が渡御した帰りに落馬して、いく程を経ずに薨じた」という内容の一文があるのです。
これが頼朝が落馬して死んだ根拠になっています。
なぜか吾妻鏡は頼朝の死ぬ約3年前から記述が欠けていて、頼朝の死後から再び記述されています。
頼朝が死んだ直接的な記載がないのです。
まさに最近流行りの「ナレ死」の走りともいえるものです。
吾妻鏡に記述のある相模川の橋とは、東海道に架かっている馬入橋のことです。
ただし江戸時代から現在にいたる馬入橋の場所と、頼朝の時代の馬入橋の場所はかなり離れていて、鎌倉時代初期の橋は約1500メートルも東にありました。
関東大震災のときにその橋の橋脚が発見され、現在はその場所にレプリカが設置されています。
頼朝が落馬した場所は正確にはわからないのですが、相模川に架かる橋へと行った帰りとなると、当時の東海道を鎌倉に向かっている途中のどこかということになります。
頼朝が江戸時代以降の東海道を藤沢まで行き、そこから鎌倉へと向かったことも考えられますが、その他にも東大和田の交差点から辻堂駅西口へと向かう道も鎌倉へと向かう古道の一部だったといわれています。
そんなわけで、その道筋に地元の人たちが立てた「源頼朝公落馬地」という看板があります。
この看板では南北朝時代に書かれた著者不明の「保暦間記」に「大将殿(頼朝)が相模川の橋供養から帰るとき、八的ガ原で源義広、義経、行家以下の人々が現れ、頼朝と目が合った。翌年(建久10年)1月13日に頼朝が死んだ」とある記述をもとに、頼朝が辻堂で落馬したという内容となっています。
「保暦間記」に記述のある源義広・源義経・源行家というのは、みな頼朝の親族なのですが頼朝のために死んだ人々です。
彼らが現れたというのは、要するに頼朝の前に亡霊となって出てきたという意味です。
「保暦間記」には亡霊と目が合ったことしか書かれておらず、落馬のことは出てきません。
また、「八的ガ原」(やつまとがはら)というのは八松ヶ原とも書き、「藤沢通史」によれば相模川と片瀬川の間には草原があり、その東半分が砥上ヶ原、西半分が八松ヶ原と呼ばれていた場所なのだそうです。
地元の人が作ったので藤沢市の辻堂を落馬の地にしたい気持ちはわからないでもないですが、看板の場所を頼朝落馬の場所とするにはちょっと無理があると思われます。
ところで、この説明板の場所への行き方ですが、ここはやはり東海道を基準に説明いたします。
東海道が藤沢市から茅ヶ崎市に入ると、ほどなく東小和田の交差点があります。郵便局やマツモトキヨシのある交差点です。
この交差点で東海道と交差している道が鎌倉時代の古道です。
東小和田の交差点を左折して南東に向かってください。鎌倉時代の古道を約900メートル歩くと、「源頼朝公落馬地」の看板があります。
ついでにもっと簡単な行き方を説明しますと、辻堂駅の南口から徒歩約4分です。
(歩き旅応援舎代表 岡本永義)
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