2024.10.16

相模川に架かる馬入橋

相模川に架かる馬入橋を渡ると、このような碑があります。

馬入の一里塚跡の碑

一里塚の碑です。日本橋から15里目にあたります。

一里塚の呼び名はその塚のある村の名前が付けられることが多いです。
つまり、馬入という地名は相模川の西岸です。ここに江戸時代には馬入村があったのです。

あ れ ?

馬入橋という橋の名前は、源頼朝が落馬したとき、馬が川に飛び入ったことが由来じゃなかったっけ???
→馬入川の橋

たしかにそういう説もあります。
でも、馬入村の場所と源頼朝が落馬するときに橋供養に出かけた相模川の橋とは、約2キロも離れています。

旧馬入村と旧相模川橋
国土地理院webサイトからダウンロードした地図に加筆

→発見された相模川の橋の跡

それに相模川に架けられた橋の橋供養の帰りに落馬したのですから、馬入の由来が頼朝の落馬にかかわるのでしたら、この地名は相模川より鎌倉側、つまり川の東岸になくてはいけません。

その点にちょっと矛盾がある説が、頼朝が落馬したとき馬が川に飛び入ったことが馬入の地名由来というものなのです。

現在の町名は馬入本町

それでは馬入の地名由来は本当はどうだったのかといいますと、「平塚市文化財調査報告書第17集」に興味深い説が載っています。

「馬入」という地名の初見は戦国時代の終わりころから江戸時代の初めころにかけて建立された馬入山高福寺なのだそうです。

この寺のあった場所は相模川の西岸なのですが、江戸時代末期ころの相模川の洪水によって流失し、蓮光寺に合併されてしまいました。
現在では「馬入山」の山号は蓮光寺に引き継がれています。

蓮光寺
山号も書かれた蓮光寺の駐車場の看板

ここからすると、「馬入」という地名が使われ始めたのは、頼朝の落馬よりもずいぶんと後の時期になりそうです。

「平塚市文化財調査報告書第17集」でも、「馬入」という地名は中世末期(室町時代の終わりころ)に発生したと推察しています。

そして、高福寺と同じ頃に建立された真福寺と蓮光寺は、馬入川を渡る旅人たちへの布施屋として成立したのではないかと考えています。

真福寺墓地にある相模川の海難供養塔

粗末な布施屋である寺なので、埴生の家、埴生の宿などと呼ばれており、これが転じて「ばにう」→「馬入」になったのではないかというのです。

地名の由来は実相が伝わっていないことがほとんどで、伝わっている多くは歴史上の有名人や伝承がもとになった巷説です。
馬入の地名由来も本当のところはわからないのですが、埴生が由来というのは面白い説だと思います。

  

(歩き旅応援舎代表 岡本永義)

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